ねこのめ美じゅつかん 山下清はなぜ旅した?放浪の理由・貼絵・長岡の花火|8/11 15:35
2026年8月11日(火)15時35分からNHK Eテレで放送される「ねこのめ美じゅつかん 29歩め 放浪画家・山下清はどうして旅してたの?」。今回、ボスネコと弟子ネコが狙うのは「放浪の天才画家」として知られる山下清の作品です。
いちばん気になる「山下清はなぜ旅をしていたのか?」を先にまとめると、旅の始まりは長く暮らした八幡学園を出て外で仕事をしたいという思いがあり、その後は戦争や徴兵検査への強い恐れが放浪を続ける大きな理由になりました。さらに意外なのは、旅先でずっと絵を描いていたわけではなく、見た景色を記憶し、あとから貼絵などの作品にしたことです。
ねこのめ美じゅつかん「山下清」29歩めの放送日時・出演者
| 番組名 | ねこのめ美じゅつかん 29歩め 放浪画家・山下清はどうして旅してたの? |
|---|---|
| 放送局 | NHK Eテレ1・東京 |
| 放送日時 | 2026年8月11日(火)15:35~15:45 |
| テーマ | 山下清の放浪の理由、貼絵、旅と記憶、作品の見方 |
| 声の出演 | カミナリ、古川琴音、佐々木咲華 |
番組表では、山下清の放浪絵日記から旅の道行きをたどり、「そもそもなぜ旅に出たのか」を作品とともに考える内容と案内されています。声の出演は、カミナリ、古川琴音さん、佐々木咲華さんです。古川琴音さんの近年のNHK出演については、夜ドラ『ミッドナイトタクシー』の番組ガイドでも紹介しています。
山下清はなぜ旅をしていた?放浪の理由は一つではない
「山下清 放浪 理由」「山下清 なぜ旅してた」と検索すると、徴兵から逃れるためだったという説明をよく見かけます。ただし、本人の日記までたどると、最初に八幡学園を出た理由と、その後も旅を続けた理由は分けて考えると分かりやすくなります。
- 1940年、18歳で八幡学園を出た:長く学園で暮らして生活に飽き、外で別の仕事をしてみたいという思いを日記に記している。
- 徴兵検査が近づき、旅を続けた:兵隊になり、戦地へ行って命を落とすことへの強い恐怖を日記に残している。
- 旅は戦後も続いた:放浪は一度きりではなく、学園などに戻っては再び各地へ出る生活を繰り返した。
つまり「絵の題材を探すためにロマンチックな放浪を始めた」というより、若い山下清にとっては決められた生活から外へ出たい気持ちと、戦時下の現実から距離を置きたい気持ちが重なっていたと考える方が実像に近いでしょう。
旅先で絵を描いていた?実は「記憶して後から描く」が山下清流
山下清というと、リュックを背負って旅をしながら、その場で風景をスケッチしていた姿を想像する人も多いかもしれません。しかし山下清作品管理事務所の協力で紹介された解説では、実際の放浪中にはほとんど絵を描かず、旅先で見た風景を頭の中に焼き付け、帰ってから記憶をもとに作品を制作したとされています。
番組表にも「旅先で見た景色を独自の感覚で作品に仕立てた」とあり、今回の29歩めは、この見る→覚える→あとで作品にするという山下清ならではの創作法を知る回でもあります。写真のように正確に写すのではなく、強く印象に残った形や光、人の集まりを記憶の中で組み直していたことが、作品の独特な密度につながっています。
山下清の貼絵はどう作る?「長岡の花火」のこより技法に注目
番組詳細にある「絵の具を使わない貼絵」も大きな見どころです。山下清は八幡学園で、色紙を手でちぎって貼る「ちぎり紙細工」に出会い、やがて細かな紙片を重ねる独自の貼絵へと技法を高めていきました。
代表作として知られる《長岡の花火》は1950年制作の貼絵で、山下清作品管理事務所蔵の作品は53×75cm。夜空に広がる細い花火の線は、色紙を細長くちぎってひねった「こより」を貼ることで表現されています。小さな紙片で埋め尽くされた群衆と、放射状に広がる花火を見比べると、紙だけで遠近感や光まで作っていることが分かります。
山下清は花火好きとしても知られ、各地の花火を求めて旅しました。《長岡の花火》も、新潟県長岡で見た光景を記憶し、後から作品にした代表例です。「旅先でその場で描いた作品ではない」という点を知ってから見ると、あの細かな群衆や花火の形がすべて記憶から再構成されていることに、さらに驚かされます。
「裸の大将」のイメージと実際の山下清はどこが違う?
山下清はテレビドラマ『裸の大将放浪記』の印象も強く、「ランニングシャツ姿で旅をし、旅先で絵を描く人」として記憶されていることがあります。ただ、実際の山下清の創作は、ドラマのイメージだけでは分からない部分が多くあります。
- 旅先では絵をほとんど描かず、記憶してから制作した。
- 貼絵だけでなく、油彩、水彩、ペン画、陶磁器の絵付けなども手掛けた。
- 「放浪」は自由な芸術家の旅だけではなく、戦争への恐怖や社会との距離の取り方とも結び付いていた。
今回の『ねこのめ美じゅつかん』は10分番組ですが、「なぜ旅したの?」という一つの疑問から、作品だけでなく山下清の生きた時代まで見えてくる構成です。
2026年に山下清の作品を見られる展覧会は?
2026年には長崎県美術館で、2月14日から4月5日まで「生誕100年 山下清展-百年目の大回想」が開催されました。《桜島》などの貼絵をはじめ、幼少期の鉛筆画、油彩、ペン画、陶磁器、遺品まで約190点で画業をたどる大規模展でした。
さらに東大阪市民美術センターは、2026年10月30日(金)から12月20日(日)まで「放浪の天才画家 山下清展」を開催予定と案内しています。放送を見て「実物の貼絵を見たい」と感じた人は、展覧会の最新案内を確認してみるとよいでしょう。
見逃し配信は?NHK ONEで確認
NHKは2025年10月から「NHK ONE」を開始し、総合テレビ・Eテレの同時配信や見逃し配信を提供しています。『ねこのめ美じゅつかん』も配信対象になる回があるため、放送を見逃した場合はNHK ONEで番組名または「山下清」と検索してください。権利などの事情で配信対象外となる場合もあるため、実際の配信有無・期限はサービス上の表示が確実です。
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よくある質問
山下清はなぜ放浪の旅に出たのですか?
本人の日記では、八幡学園に長く暮らして生活に飽き、外で別の仕事をしてみたいという気持ちが旅の出発点として書かれています。その後、徴兵検査や戦地へ行くことへの強い恐怖が、放浪を続ける大きな理由になりました。
山下清は旅先で絵を描いていたのですか?
放浪中にはほとんど絵を描かず、見た風景を記憶して、後から貼絵などの作品にしたと山下清作品管理事務所の解説で紹介されています。
「長岡の花火」は何で描かれていますか?
代表作《長岡の花火》は色紙を使った貼絵です。花火の細い線には、色紙を細長くちぎってひねる「こより」の技法が使われています。
8月11日の「ねこのめ美じゅつかん」は何時から?
2026年8月11日(火)15時35分から15時45分まで、NHK Eテレ1・東京で放送予定です。
まとめ
『ねこのめ美じゅつかん』29歩めのポイントは、「放浪画家」という呼び名の奥にある山下清の本当の旅の理由です。最初は学園の外へ出たいという気持ちから始まり、戦時下では徴兵への恐れも大きな理由になりました。そして旅先の風景をその場で描くのではなく、記憶して後から貼絵にするという驚くべき制作方法が、山下清の作品を唯一無二のものにしています。
放送では《長岡の花火》のような貼絵の細部だけでなく、「本当の勇気とは何か」というボスネコと弟子ネコのやりとりにも注目です。10分のアート番組ですが、山下清の作品と人生を知る入口として楽しめる回になりそうです。
参考情報
- Gガイド「ねこのめ美じゅつかん 29歩め」番組情報
- NHKエデュケーショナル「ねこのめ美じゅつかん 世界一やさしいアート入門」
- 山下清公式サイト プロフィール
- 障害保健福祉研究情報システム「文学にみる障害者像―『山下清の放浪日記』」
- SOMPO美術館「生誕100年 山下清展」
- アドビ「山下清氏作の貼り絵『長岡の花火』を塗り絵に」
- 長崎県美術館「生誕100年 山下清展-百年目の大回想」
- 東大阪市民美術センター 次回予告「放浪の天才画家 山下清展」
- NHK「NHK ONE」サービス開始から半年

