ちば見聞録・佐倉後編|ハルマ和解・佐藤泰然・佐倉順天堂を解説【8月13日】|8/13 15:35

2026年8月13日(木)15時35分からチバテレ1で、『ちば見聞録「城下町と蘭学の地〜佐倉〜」(後編)』が放送されます。前編が佐倉城址や武家屋敷など「城下町としての佐倉」を広く紹介したのに対し、後編は蘭学・蘭医学と佐倉順天堂へさらに踏み込む内容です。

チバテレ公式が後編のポイントとして挙げているのは、ハルマ和解、佐藤泰然、西洋堀田、堀田正睦、旧佐倉順天堂、鹿山文庫関係書類、オンセノールト外科書、医療技術、療治定。放送中に「ハルマ和解って何?」「佐藤泰然は誰?」「佐倉順天堂と今の順天堂大学は関係ある?」と気になりやすい用語を整理します。

城下町・佐倉城址公園・武家屋敷などを先に確認したい場合は、ちば見聞録「佐倉」前編のロケ地・歴史解説から読むと流れが分かりやすくなります。

ちば見聞録「佐倉」後編の放送日時・基本情報

番組名ちば見聞録「城下町と蘭学の地〜佐倉〜」(後編)
放送局チバテレ1
放送日時2026年8月13日(木)15:35~16:00
エリア千葉県佐倉市
テーマ城下町、蘭学、蘭医学、佐倉順天堂
主なキーワードハルマ和解、佐藤泰然、堀田正睦、旧佐倉順天堂、療治定

チバテレ公式では、佐倉が城下町として栄えた面影と、明治の医学界に大きな影響を与えた佐倉順天堂などを紹介する回として案内されています。

ハルマ和解とは?日本初期の蘭和辞典

「ハルマ和解(ハルマわげ)」は、オランダ語辞書をもとに編纂された蘭和辞典として知られます。蘭学者たちが西洋の知識を日本語へ移すうえで、言葉の意味を確認する辞書は欠かせない道具でした。

後編では、このような蘭学資料を通じて、佐倉が単に西洋医学を“輸入”したのではなく、外国語の知識を読み解き、日本で使える形へ変えていった学問の拠点だったことが見えてきます。

佐藤泰然と佐倉順天堂|1843年に開いた蘭医学塾

佐藤泰然は、幕末の蘭方医で、1843年に佐倉で蘭医学塾兼診療所「順天堂」を開いた人物です。ここでは西洋医学の教育と診療が行われ、多くの医師を育てました。

現在の佐倉順天堂記念館では、旧佐倉順天堂の建物や資料を通して、当時の診療・教育の様子を知ることができます。前編が「場所」を見せる回だとすれば、後編はそこで何を学び、どんな医療を行っていたかに近づく回といえます。

堀田正睦が「西洋堀田」と呼ばれた理由

幕末の佐倉藩主堀田正睦は、蘭学や西洋知識を積極的に取り入れたことで「西洋堀田」と呼ばれました。佐倉で蘭学・蘭医学が発展した背景には、個々の医師だけでなく、藩主が学問を受け入れる姿勢を持っていたことも大きく関係します。

前編で城下町の形成と堀田家の歴史を見たあと、後編で蘭学政策を見ると、「なぜ佐倉が医学の町になったのか」が一本につながります。

オンセノールト外科書・療治定は何を見る資料?

  • オンセノールト外科書:西洋外科の知識を学ぶための資料として注目
  • 医療技術:当時の蘭方医がどのような治療法を学び、実践したかを見る手掛かり
  • 療治定:治療内容や料金など、医療が実際の診療としてどう運営されていたかを知る資料
  • 鹿山文庫関係書類:佐倉の蘭学・医学史を伝える史料群

専門用語だけを見ると難しく感じますが、「どんな本で学び、どんな技術を使い、診療をどう運営していたか」という順番で見ると理解しやすくなります。

前編と後編の違い|どちらから見ても分かる?

前編佐倉城址公園、武家屋敷、旧堀田邸、歴博、佐倉順天堂記念館など「城下町と場所」
後編ハルマ和解、佐藤泰然、外科書、療治定など「蘭学・蘭医学と資料」

後編だけでも楽しめますが、前編で佐倉城下と堀田家の背景を押さえておくと、なぜこの土地で蘭学が育ったのかが理解しやすくなります。

よくある質問

後編はいつ放送されますか?

2026年8月13日(木)15:35~16:00、チバテレ1で放送予定です。

後編の主なテーマは何ですか?

佐藤泰然、佐倉順天堂、ハルマ和解、堀田正睦、蘭医学の資料や医療技術が中心です。

前編との違いは?

前編は城下町・史跡・施設を広く紹介し、後編は蘭学・蘭医学の人物、書物、治療技術へより深く入ります。

佐倉順天堂は現在も見学できますか?

旧佐倉順天堂は佐倉順天堂記念館として公開されており、当時の建物や資料を見学できます。開館日・料金は佐倉市公式情報で確認してください。

まとめ

「城下町と蘭学の地〜佐倉〜」後編は、佐倉順天堂を中心に、佐藤泰然、堀田正睦、ハルマ和解、外科書、療治定などから幕末の蘭医学をたどる回です。前編の城下町散歩と合わせて見ると、佐倉が「城の町」から「医学の町」へつながっていく歴史が見えやすくなります。

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