映像の世紀エベレスト「栄光と狂気」マロリーは登頂した?ヒラリー・メスナーと最新発見【8月11日】|8/11 11:05

2026年8月11日(火)午前11時05分からNHK総合で、「映像の世紀バタフライエフェクト エベレスト 栄光と狂気」が再放送されます。世界最高峰エベレストに取りつかれた登山家たちを通して、「人はなぜ命をかけて未踏の頂を目指すのか」を描く45分です。

中心となるのは、1924年に頂上近くで消息を絶ったジョージ・マロリー、1953年にテンジン・ノルゲイとともに人類初の確認された登頂を成し遂げたエドモンド・ヒラリー、そして酸素ボンベに頼らない登山の限界を押し広げたラインホルト・メスナーです。

放送前後に特に検索したくなるのは、「マロリーは本当は1924年に登頂していたのか」「遺体はどこで見つかったのか」「ヒラリーとテンジンが初登頂とされる理由」「メスナーの無酸素登頂は何がすごいのか」という点でしょう。さらに2024年には、マロリーとともに消えたアンドリュー・“サンディ”・アーヴィンのものとみられるブーツと部分遺体が発見され、100年越しの謎が再び注目を集めました。

この記事の要点

  • 放送は2026年8月11日(火)11:05~11:50、NHK総合
  • 2023年12月11日に放送された「エベレスト 栄光と狂気」の再放送
  • 語りはNHKアナウンサーの糸井羊司
  • マロリーとアーヴィンが1924年に登頂したかどうかは、今も決着していない
  • 1953年5月29日、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが初の確認された登頂に成功
  • メスナーは1978年に初の無酸素登頂、1980年に初の単独・無酸素登頂を達成
  • 2024年、アーヴィンのものとみられるブーツと部分遺体が発見され、カメラの行方が再び注目された

映像の世紀「エベレスト 栄光と狂気」の放送日時・語り

番組名映像の世紀バタフライエフェクト エベレスト 栄光と狂気
放送日2026年8月11日(火)
放送時間11:05~11:50
放送局NHK総合1・東京
放送区分再放送
初回放送2023年12月11日
語り糸井羊司
主な人物ジョージ・マロリー、エドモンド・ヒラリー、テンジン・ノルゲイ、ラインホルト・メスナー

番組表では「頂上まで迫りながら消息を絶ったマロリー、初登頂を成し遂げたヒラリー、単独無酸素で登頂したメスナー」を軸に、エベレストへの挑戦が成功するたび、次の登山家がさらに厳しい条件を自らに課していく歴史が紹介されます。

NHKオンデマンドにも2023年12月11日放送回として掲載があり、本編は45分です。視聴条件や配信期限はサービス側の案内を確認してください。

「栄光と狂気」は何を描く?3人の登山家で見るエベレスト史

人物主な出来事番組を見るポイント
ジョージ・マロリー1924年、アーヴィンとともに頂上付近で消息を絶つ登頂してから下山中に遭難したのか、それとも頂上に届かなかったのか
エドモンド・ヒラリー/テンジン・ノルゲイ1953年5月29日、初の確認された登頂登頂だけでなく無事に帰還し、記録を確定させたこと
ラインホルト・メスナー1978年に無酸素登頂、1980年に単独・無酸素登頂「より少ない装備、より厳しい条件」で人間の限界に挑んだこと

この3人を並べると、エベレスト登山の価値が時代ごとに変わっていくことが分かります。まだ誰も頂上に立ったことが確認されていない時代は「世界最高峰に登ること」自体が目標でした。しかし初登頂が達成されると、無酸素、単独、新ルートなど、挑戦の条件そのものが次の価値になっていきます。

同じ「映像の世紀」シリーズの構成や放送情報を知りたい人は、「映像の世紀8K『敗走』内容は?再放送・見逃し・1942〜44年の戦い」もあわせてどうぞ。

マロリーは1924年にエベレストへ登頂した?遺体とカメラの謎

ジョージ・マロリーとアンドリュー・“サンディ”・アーヴィンは、1924年6月8日に北側からエベレスト山頂を目指し、そのまま戻りませんでした。最後に目撃されたのは山頂近くで、二人が上へ向かっていたのか、すでに下山していたのかを含め、証拠は決定的ではありません。

マロリーの遺体は1999年、捜索隊によって発見されました。遭難から75年後のことです。しかし、遺体から「山頂に到達した」と断定できる証拠は見つかりませんでした。

そこで長年注目されてきたのが、二人が持っていたとされるコダックの小型カメラです。もしフィルムが残り、山頂で撮影した写真が確認できれば、1924年の登頂を裏付ける大きな証拠になる可能性があります。PBSの1999年捜索記録でも、カメラは謎を解く重要な手がかりとして位置づけられていました。

現在も「マロリーが初登頂者だった」とは確定していません。そのため、登山史では1953年のヒラリーとテンジンが初の確認された登頂者として扱われています。

2024年にアーヴィンのものとみられるブーツと部分遺体を発見

この番組の初回放送後に起きた大きな動きが、2024年の発見です。ナショナルジオグラフィックのチームがエベレスト北面の中央ロンブク氷河で古い登山靴を見つけ、その中の靴下には「A.C. IRVINE」と読める名前が縫い付けられていました。ブーツの中には人の足の一部も残っていたと報じられています。

発見チームは、これがアンドリュー・カミン・アーヴィンの遺留品・部分遺体である可能性が高いと判断しました。家族側はDNA照合への協力を申し出ており、発見物は中国チベット登山協会の管理下に置かれたと報じられました。

ただし、見つかったのはカメラそのものではありません。したがって、マロリーとアーヴィンが1924年に山頂へ到達したかどうかという最大の謎は、発見によって関心が高まったものの、決着したわけではありません。

ヒラリーとテンジンは1953年に何を成し遂げた?

1953年5月29日、ニュージーランド出身のエドモンド・ヒラリーと、シェルパのテンジン・ノルゲイは、南東稜ルートからエベレスト山頂に到達しました。二人は無事に下山し、登頂の事実を世界に伝えたため、人類初の確認されたエベレスト登頂として歴史に残っています。

ヒラリーだけが「初登頂者」として語られることがありますが、実際にはテンジンと二人で成し遂げた登頂です。ヒラリー家の公式サイトでも、1953年5月29日にヒラリーとテンジンが世界で初めてエベレストへ登った二人として紹介されています。

この成功は、1920年代の遠征から約30年にわたって積み重ねられたルート研究、装備改良、高所順応、シェルパたちの経験の上に成立しました。「英雄一人の物語」ではなく、長い試行錯誤の連鎖として見ると、番組タイトルの「バタフライエフェクト」がより分かりやすくなります。

メスナーの無酸素・単独登頂は何がすごい?

ラインホルト・メスナーは1978年5月8日、ペーター・ハーベラーとともに補助酸素を使わないエベレスト登頂に初めて成功しました。当時は、世界最高峰を酸素ボンベなしで登ること自体が人間の生理的限界を超えるのではないかと考えられていました。

さらに1980年8月20日、メスナーは単独かつ無酸素でエベレスト登頂を達成します。ギネス世界記録でも、エベレスト初の単独登頂として記録されており、しかも酸素ボンベを使わない登攀でした。

ヒラリーとテンジンの成功によって「登頂できる山」になったエベレストで、メスナーは「どのような条件で登るのか」を新しい価値に変えました。番組が描く「ひとつの挑戦が達成されると、続く者はより過酷な条件を自らに課していく」という流れを象徴する人物です。

エベレストの高さは8848.86m|無酸素登頂が危険な理由

中国とネパールは2020年、エベレストの新しい公式標高を8848.86メートルと共同発表しました。山頂付近は空気中の酸素が海面付近より大幅に少なく、人間の身体が長時間とどまることに適さない極限環境です。

補助酸素を使えば体内に取り込める酸素を増やせますが、無酸素登頂では低酸素そのものに耐えながら判断と運動を続けなければなりません。低酸素、強風、極低温、疲労が重なると、判断力の低下や行動不能につながるため、無酸素登頂は単に「装備を減らした登山」ではなく、身体への負荷を大きく引き上げる挑戦です。

世界最高峰とは規模が違いますが、高所で起きる体調変化や登山者を支える現場については、「100カメ富士山の山小屋・救護所・神社はどこ?安全を支える人たちと2026年登山ルール」でも紹介しています。

「そこに山があるから」はどういう意味?

マロリーは「なぜエベレストに登るのか」と問われ、英語で“Because it’s there.”と答えたことで知られています。日本では「そこに山があるから」という訳が広く定着しました。

この言葉は、登山に実用的な目的があるからではなく、「そこに未踏の頂が存在すること自体が挑戦する理由になる」という冒険精神の象徴として語り継がれています。一方で番組は、その純粋な衝動が名誉欲、競争、国家的期待、自己証明と結びついたとき、どこまで人を突き動かすのかという「狂気」の側面にも迫ります。

ウェブの声|結局マロリーは登頂したのか、カメラに注目

2024年にアーヴィンのものとみられる遺留品が見つかった際、ウェブ上では「次はカメラが見つかるのではないか」「もし山頂写真が残っていたら登山史が変わる」という期待が大きく広がりました。

一方で、「登頂していても生還できなかった場合、それを初登頂とどう考えるべきか」という議論も見られます。ヒラリーとテンジンの1953年登頂は、山頂到達だけでなく、無事に下山して記録を持ち帰ったことまで含めて歴史的な成功だった、という見方です。

番組を見たあとに残るのも、単純な「誰が一番すごいか」ではなく、未知の場所を目指すことに人間はどこまで価値を感じるのか、という問いになりそうです。

よくある質問

「映像の世紀 エベレスト 栄光と狂気」はいつ放送されますか?

2026年8月11日(火)11:05~11:50、NHK総合1・東京で再放送されます。

初回放送はいつですか?

NHKオンデマンドでは2023年12月11日放送回として掲載されています。

マロリーはエベレストに登頂したのですか?

登頂した可能性は議論されていますが、決定的な証拠は見つかっていません。現在も1953年のヒラリーとテンジンが初の確認された登頂者とされています。

マロリーの遺体は見つかっていますか?

はい。1999年にエベレストで発見されました。1924年の遭難から75年後でした。

アーヴィンの遺体は見つかったのですか?

2024年、ナショナルジオグラフィックのチームが「A.C. IRVINE」と縫われた靴下、古いブーツ、人の足の一部を発見し、アーヴィンのものとみられると報じました。

ヒラリーは一人で初登頂したのですか?

いいえ。1953年5月29日、エドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイの二人が山頂に到達しました。

メスナーのエベレスト登頂は何が初めてですか?

1978年にペーター・ハーベラーと初の無酸素登頂を達成し、1980年には初の単独登頂を酸素ボンベなしで成し遂げました。

まとめ

「映像の世紀バタフライエフェクト エベレスト 栄光と狂気」は、マロリー、ヒラリー、テンジン、メスナーという登山史の重要人物を通して、世界最高峰が「未踏の頂」から「より困難な条件を競う舞台」へ変わっていく過程を描く回です。

最大の見どころは、1924年のマロリーとアーヴィンの謎が今も終わっていないことです。マロリーの遺体は1999年に発見され、2024年にはアーヴィンのものとみられるブーツと部分遺体も見つかりました。それでも、二人が山頂に立ったかどうかを示す決定的な証拠はありません。

その未解決の物語の先に、1953年のヒラリーとテンジン、1978年・1980年のメスナーの挑戦がつながります。「なぜ登るのか」という問いに、時代ごとの登山家が別々の答えを出していくように見ると、番組の「栄光と狂気」というタイトルがより深く感じられます。

参考情報:NHKオンデマンド「エベレスト 栄光と狂気」Gガイド番組表Ed Hillary IP Ltd.Guinness World RecordsNational GeographicPBS NOVA、中国外交部のエベレスト新標高発表を参照。ウェブ上の反応は直引用せず、傾向を要約しています。

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