よみがえる新日本紀行「江戸前の秋」浦安はなぜ変わった?1970年の漁師町と埋め立て【9/8】|9/8 15:30
2026年9月8日(火)15時30分からNHK BSP4Kで放送される『よみがえる新日本紀行 選 江戸前の秋-千葉県・浦安-』は、昭和45年(1970年)の『新日本紀行』が記録した漁師町・浦安と、その後の変化を重ねて見る番組です。
NHK公式ページは検索で到達できたものの本文取得が技術的にできなかったため、今回の放送内容・出演者は公式SI番組情報で補完しました。さらに浦安市公式サイトの沿革と海面埋立事業ページを実際に開き、番組の背景となる『なぜ漁師町が大きく変わったのか』を確認しています。
よみがえる新日本紀行「江戸前の秋」9月8日の放送情報
| 番組 | よみがえる新日本紀行 選 江戸前の秋-千葉県・浦安- |
|---|---|
| 放送局 | NHK BSP4K |
| 放送日時 | 2026年9月8日(火)15:30~16:08 |
| 元の記録 | 昭和45年(1970年)の浦安 |
| 再構成 | 2019年放送 |
| 語り | 森田美由紀 |
公式SI番組情報では、埋め立てが進むころの浦安で、漁船が海へ出にくくなり、ノリ養殖や貝を採る暮らしが終わりへ向かう姿を記録したと紹介されています。そこから半世紀後、かつての漁師の中には釣り船を出す船宿を営む人もいるなど、海とのつながりを残す現在の浦安も描きます。
1970年の浦安は何が起きていた?漁業権放棄と埋め立ての転換期
浦安市公式によると、昭和37年(1962年)に漁業権の一部放棄が決まり、昭和40年(1965年)から第1期の海面埋立事業が始まりました。昭和46年(1971年)には漁業権を全面放棄し、翌年から第2期の埋立事業が進みます。
つまり昭和45年の『江戸前の秋』は、浦安が漁師町から新しい都市へ大きく切り替わる真っただ中を記録した映像です。昔の生活風景を懐かしく見るだけでなく、『海を仕事場にしてきた人々が、町の変化とどう向き合ったか』を見る記録として価値があります。
浦安の市域は埋め立てで約4倍に|街の地図そのものが変わった
浦安市公式の沿革では、埋め立て前の面積は4.43平方キロメートルでしたが、埋め立てによって16.98平方キロメートルまで広がったと説明されています。現在の公表面積は見直されていますが、当時の町が約4倍へ広がったという事実は、浦安の変化の大きさを端的に示します。
昭和44年(1969年)には地下鉄東西線が開通し、東京のベッドタウンとして都市化も加速しました。番組の1970年映像は、海岸線、交通、働き方、人口の増え方が一斉に変わり始めた時期と重なります。
半世紀後も残る“海とのつながり”|船宿という生業へ
番組情報では、かつて漁師だった人の中に、現在は釣り船を出す船宿を経営している人がいると紹介されています。漁業権の放棄で昔と同じ漁を続けられなくなっても、船や海の知識を別の形で生かしてきたことが分かります。
同じ『よみがえる新日本紀行』シリーズの別地域と比較したい方は、当サイトの「風浪の岬-9月の室戸-」記事も参考になります。室戸は遠洋漁業と台風観測の変化を扱っており、海とともに生きる町が50年でどう変わったかを別角度から見比べられます。
よくある質問
「江戸前の秋-千葉県・浦安-」はいつ放送?
2026年9月8日(火)15:30~16:08、NHK BSP4Kで放送予定です。
元の『新日本紀行』はいつの浦安?
昭和45年(1970年)の浦安を記録した回です。
なぜ浦安の漁業は終わりへ向かった?
浦安市公式では海域汚染や埋立事業の進行を背景に、1962年に漁業権の一部放棄、1971年に全面放棄が決まったと説明されています。
語りは誰?
公式SI番組情報では森田美由紀さんです。
まとめ|「江戸前の秋」は漁師町から都市へ変わる浦安の分岐点を残した記録
9月8日15時30分の『よみがえる新日本紀行 選 江戸前の秋-千葉県・浦安-』は、1970年の漁師町・浦安と半世紀後を重ねる38分です。埋め立て、漁業権放棄、東西線開通が重なった時期を知ってから見ると、画面に映る漁船やノリ養殖の風景が『失われる直前の日常』だったことが分かります。大きく都市化した現在の浦安にも、船宿など海と生きる文化が形を変えて残っている点が、この回の大きな見どころです。

