
よじごじDays新宿の昔は何があった?コマ劇場・都庁・新宿御苑マスクメロンの歴史【8月10日】|8/10 15:40
2026年8月10日(月)のテレビ東京系「よじごじDays」は、激変してきた新宿を舞台にした「昔ここに何があった?街の履歴書追跡ツアー」です。
番組予告には「コマ劇の場所には昔、女子校があった?」「都庁は以前、浄水場だった?」「マスクメロンの発祥は新宿御苑?」という、思わず検索したくなる疑問が並んでいます。いまの高層ビルや繁華街からは想像しにくい風景ですが、調べてみると、いずれも新宿の成り立ちを知るうえで重要な歴史につながっています。
この記事では、テレビ東京の公式番組情報と東京都水道局、環境省・新宿御苑、学校設立に関わった尾張屋土地などの資料をもとに、旧新宿コマ劇場と女子校、東京都庁と淀橋浄水場、新宿御苑とマスクメロン、江戸・明治時代の新宿を放送前の予習にも放送中・放送後の確認にも使えるよう整理します。
先に結論
- 2026年8月10日の「よじごじDays」は新宿の街の歴史を追う特集
- 旧新宿コマ劇場、現在の新宿東宝ビル周辺には戦前、東京府立第五高等女学校があった
- 東京都庁がある西新宿の高層ビル街一帯は、かつて淀橋浄水場だった
- 新宿御苑は明治期に農業・園芸研究の拠点で、現在のマスクメロンにつながるメロンの栽培が行われた
- 「新宿」の地名は江戸時代の宿場「内藤新宿」につながる
- 2026年は新宿御苑の開園120年にあたり、街の歴史を振り返るにはタイムリーな年
よじごじDays新宿「街の履歴書追跡ツアー」の放送内容
| 番組 | よじごじDays |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年8月10日(月)15:40~16:54 |
| 放送局 | テレビ東京 |
| MC | 薬丸裕英、中根舞美(テレビ東京アナウンサー) |
| ゲスト | 唐橋ユミ |
| テーマ | 昔ここに何があった?街の履歴書追跡ツアー |
| 主な舞台 | 新宿・歌舞伎町、西新宿、新宿御苑など |
テレビ東京の公式ページでは、激変する新宿の「街の歴史」を追跡し、旧コマ劇場の場所、東京都庁周辺、新宿御苑を手がかりに、江戸時代や明治時代の風景までたどる内容と案内されています。
放送情報はテレビ東京「よじごじDays」8月10日番組ページで確認できます。
新宿コマ劇場の場所には昔「女子校」があった
番組予告の「コマ劇の場所には昔、女子校があった?」は、東京府立第五高等女学校のことです。現在の東京都立富士高等学校・附属中学校の前身にあたります。
尾張屋土地の沿革によると、女性実業家の峯島喜代が女子教育の充実を願って東京府へ寄付を行い、1920年(大正9年)、現在の歌舞伎町にあたる土地で東京府立第五高等女学校が開校しました。
学校は1945年の空襲で校舎を失い、その後中野区へ移転します。戦後、周辺では復興計画が進み、1956年に新宿コマ劇場が誕生しました。コマ劇場は2008年に閉館し、再開発を経て2015年に新宿東宝ビルが開業しています。
| 時代 | 旧コマ劇場周辺の主な出来事 |
|---|---|
| 1920年 | 東京府立第五高等女学校が現在の歌舞伎町一帯で開校 |
| 1945年 | 空襲で校舎が焼失 |
| 戦後 | 歌舞伎町の復興・興行街づくりが進む |
| 1956年 | 新宿コマ劇場が開業 |
| 2008年 | 新宿コマ劇場が閉館 |
| 2015年 | 跡地再開発で新宿東宝ビルが開業 |
いまの歌舞伎町はネオンや映画館、ホテルの印象が強い場所ですが、その一角に女学生が通う学校があったというのは大きなギャップです。現在も歌舞伎町公園には東京府立第五高等女学校発祥の地を伝える碑があり、街の履歴を現地で確認できます。
なお「歌舞伎町」という名前自体も戦後復興と関係しています。文化的な興行街を目指し、歌舞伎劇場の誘致構想があったことから「歌舞伎町」と名付けられました。実際の歌舞伎劇場計画は実現しませんでしたが、その後コマ劇場などの娯楽施設が集まり、現在の繁華街へ発展していきます。
東京都庁の場所は以前「淀橋浄水場」だった?
こちらも番組予告の大きなポイントです。東京都水道局によると、現在の新宿区西新宿には淀橋浄水場があり、1898年(明治31年)12月に神田・日本橋方面への給水を開始しました。
淀橋浄水場は、ろ過した水を鉄製の水道管で送る東京の近代水道の出発点となった重要施設です。人口が急増する東京の生活を長く支えましたが、周辺の市街化と新宿副都心計画により1965年3月31日に閉鎖されました。
その跡地は高層ビル街へ変わり、1991年には東京都庁舎が完成します。つまり「都庁の前は浄水場」という言い方は、西新宿の現在の都庁・高層ビル街一帯が淀橋浄水場の跡地という意味で理解すると分かりやすいでしょう。
| 1898年 | 淀橋浄水場から給水開始 |
|---|---|
| 役割 | 東京の近代水道を支える最初期の浄水場 |
| 1965年 | 淀橋浄水場が閉鎖 |
| その後 | 新宿副都心として高層ビル群が建設 |
| 1991年 | 東京都庁舎が完成 |
いまの西新宿は地面から空へ伸びる高層ビルの街ですが、かつては大きなろ過池に水がたたえられていた場所でした。現在の風景から過去を想像するという今回の「街の履歴書」にぴったりの変化です。
マスクメロンの発祥は新宿御苑?「日本の原点」とされる理由
番組予告の「マスクメロンの発祥は新宿御苑?」も検索需要が高そうな疑問です。結論からいうと、新宿御苑は日本のマスクメロンの原点と深く関係する場所です。
環境省によると、現在の新宿御苑の場所には1872年(明治5年)、近代農業の振興を目的とした内藤新宿試験場が設けられました。海外から導入した果樹や野菜を含む約3000種が栽培され、1879年には宮内省所管の「新宿植物御苑」へ移ります。
ここで重要な人物が園芸家の福羽逸人です。環境省は福羽の功績として、国産イチゴ「福羽苺」だけでなく、現在のマスクメロンにつながるメロンやマスカット・オブ・アレキサンドリアなどの栽培を挙げています。
そのため「マスクメロンは新宿御苑発祥」と紹介されることがあります。ただし、現在流通しているすべてのマスクメロンが、新宿御苑で完成した一つの品種をそのまま受け継いでいる、と単純化するより、日本で西洋メロンの栽培・改良が進んだ重要拠点であり、現在のマスクメロン文化につながる原点の一つと捉えるのが正確です。
さらに2026年は新宿御苑が皇室庭園として完成してから120年。国民公園協会では「歴史探訪」をテーマに、福羽逸人や温室、皇室庭園時代などを振り返る情報を発信しています。今回の放送テーマと重なるタイミングです。
江戸・明治時代の新宿はどんな場所だった?
新宿の歴史をさらにさかのぼると、現在の新宿御苑周辺が一つの起点になります。国民公園協会によると、1591年(天正19年)、徳川家康の家臣・内藤清成が現在の新宿周辺に広大な屋敷地を与えられました。
1698年(元禄11年)には、甲州街道の宿駅が新設されます。内藤家の屋敷跡に設けられた「新しい宿」であることから「内藤新宿」と呼ばれ、現在の「新宿」という地名へつながりました。
明治時代になると、武家屋敷や宿場の風景から近代都市へ大きく変わります。新宿御苑では農業・園芸研究が進み、西側には淀橋浄水場が誕生。鉄道の発達とともに人の流れが増え、やがて繁華街や副都心としての新宿が形成されていきました。
| 時代 | 新宿の主な変化 |
|---|---|
| 1591年 | 内藤家が現在の新宿周辺に屋敷地を拝領 |
| 1698年 | 甲州街道の宿駅「内藤新宿」が成立 |
| 1872年 | 内藤新宿試験場が設立 |
| 1879年 | 新宿植物御苑となる |
| 1898年 | 淀橋浄水場から給水開始 |
| 1920年 | 現在の歌舞伎町一帯に東京府立第五高等女学校が開校 |
| 戦後 | 歌舞伎町の復興、新宿副都心計画が進む |
| 1991年 | 西新宿に東京都庁舎が完成 |
新宿の「昔ここに何があった?」を現地で確認するポイント
番組を見たあとに新宿を歩くなら、現在の建物だけでなく「前に何があったか」を意識すると街の見え方が変わります。
- 新宿東宝ビル周辺:旧新宿コマ劇場と、その前の東京府立第五高等女学校の歴史
- 歌舞伎町公園:東京府立第五高等女学校発祥の地を伝える碑
- 東京都庁・西新宿高層ビル街:淀橋浄水場跡地から副都心へ変わったエリア
- 新宿御苑:内藤家の屋敷、内藤新宿試験場、新宿植物御苑へと続く歴史
コマ劇場、浄水場、農業試験場という一見ばらばらなテーマも、すべて「新宿が用途を変えながら発展してきた街」という一本の線でつながります。
検索で気になるポイントを一問一答
新宿コマ劇場の跡地は今何になっている?
旧新宿コマ劇場は2008年に閉館し、跡地では再開発が進められました。2015年にホテルや映画館などが入る新宿東宝ビルが開業しています。
女子校は現在どうなっている?
東京府立第五高等女学校は戦後に中野区へ移り、現在の東京都立富士高等学校・附属中学校につながっています。
淀橋浄水場はいつまであった?
1898年に給水を開始し、1965年3月31日に閉鎖されました。その跡地が西新宿の高層ビル街へ変わっていきました。
新宿御苑ではメロン以外に何を研究していた?
海外から導入した果樹や野菜、花卉の栽培研究が行われました。福羽逸人が生み出した「福羽苺」は、現在の多くのイチゴ品種につながる国産イチゴの重要なルーツとして知られています。
よじごじDays・新宿の関連記事
「よじごじDays」の最近の放送や、新宿を舞台にしたテレビ企画をあわせて読むと、番組ごとの街の切り取り方の違いも楽しめます。
よくある質問
よじごじDaysの新宿「街の履歴書追跡ツアー」はいつ放送ですか?
2026年8月10日(月)15時40分から16時54分までテレビ東京で放送予定です。MCは薬丸裕英さんと中根舞美アナウンサー、ゲストは唐橋ユミさんです。
新宿コマ劇場の場所には昔、本当に女子校があったのですか?
はい。旧新宿コマ劇場、現在の新宿東宝ビル周辺には戦前、東京府立第五高等女学校がありました。学校は1920年に現在の歌舞伎町一帯で開校し、1945年の空襲で校舎が焼失した後に中野区へ移転し、現在の東京都立富士高等学校・附属中学校につながっています。
東京都庁がある場所は昔、淀橋浄水場だったのですか?
西新宿の高層ビル街一帯には1898年から1965年まで淀橋浄水場がありました。東京都水道局は、閉鎖後の跡地が東京都庁をはじめとする高層ビル群へ生まれ変わったと説明しています。
マスクメロンは新宿御苑が発祥なのですか?
新宿御苑は日本のマスクメロンの原点と深く関係する場所です。環境省は、明治期の新宿植物御苑で福羽逸人が現在のマスクメロンにつながるメロンの栽培に取り組んだと説明しています。
新宿という地名は江戸時代からあるのですか?
現在の新宿御苑周辺には江戸時代、内藤家の屋敷がありました。1698年に甲州街道の宿駅が設けられ、内藤家の屋敷跡に新設された宿場という意味から「内藤新宿」と呼ばれたことが、現在の新宿の地名につながっています。
まとめ
2026年8月10日の「よじごじDays」は、新宿の現在の風景から過去をさかのぼる「街の履歴書追跡ツアー」です。
旧新宿コマ劇場周辺には戦前、東京府立第五高等女学校があり、西新宿の東京都庁・高層ビル街一帯には東京の近代水道を支えた淀橋浄水場がありました。新宿御苑も、もとは内藤家の屋敷や農業試験場として使われ、現在のマスクメロンにつながる園芸研究が行われた場所です。
高層ビル、歓楽街、庭園という現在の新宿だけを見ると別々の場所に見えますが、江戸の内藤新宿、明治の近代化、戦後復興、副都心開発という流れを重ねると、新宿が何度も姿を変えてきた街であることがよく分かります。
参考にした主な情報
- テレビ東京「よじごじDays」2026年8月10日番組情報
- テレビ東京「よじごじDays」公式サイト
- 東京都水道局「東京近代水道ギャラリー」
- 環境省「新宿御苑の歴史」
- 国民公園協会新宿御苑「新宿御苑のキーマン 福羽逸人」
- 尾張屋土地「沿革」

