歴史探偵 藤原京と持統天皇|なぜ巨大な都を造った?世界遺産と“謎の女帝”を解説|9/14 23:50

2026年9月14日(月)23時50分からNHK総合・東京で再放送される『歴史探偵 藤原京と持統天皇 “世界遺産”をつくった謎の女帝』は、2026年に世界遺産となった「飛鳥・藤原の宮都」を入り口に、藤原京と持統天皇を追う回です。番組では最新調査に基づくCGを交え、かつて「幻の都」と呼ばれた藤原京が想像以上に巨大だったことを検証します。

ここで気になるのは「藤原京はなぜそんなに大きかったのか」「持統天皇は一人で都を造ったのか」「世界遺産になったのは藤原宮だけなのか」という点です。番組情報に加え、文化庁、ユネスコ、奈良文化財研究所の公式情報を照合すると、藤原京は単なる宮殿の移転ではなく、律令国家へ向かう日本の統治システムを都市の形にした計画都市として見えてきます。

歴史探偵「藤原京と持統天皇」9月14日の放送時間・出演者

番組歴史探偵 藤原京と持統天皇 “世界遺産”をつくった謎の女帝
放送局NHK総合・東京
再放送2026年9月14日(月)23:50~翌0:35
初回放送2026年9月9日(水)22:00~22:45
司会佐藤二朗、片山千恵子
出演河合敦、里中満智子
中心テーマ藤原京の巨大さ、持統天皇、世界遺産「飛鳥・藤原の宮都」

放送局公式SI情報では、藤原宮跡はほんの90年ほど前まで正確な場所さえ十分に分かっていなかった「幻の都」だった一方、近年の調査で平城京をしのぐ規模の可能性が見えてきたと紹介されています。番組では『天上の虹』作者の里中満智子さんへの取材も交え、持統天皇の実像に迫ります。

なおNHKの番組個別ページは取得環境の制約で本文を直接開けなかったため、今回の日時・出演者・番組概要はOfficial Program Dataを利用する番組表とNHK公式発信を基準に確認しています。世界遺産登録と藤原京の規模については、文化庁・ユネスコ・奈良文化財研究所の一次情報で補っています。

藤原京はなぜ巨大だった?「最初の計画都市」から見える答え

藤原京は694年に遷都、平城京より前の本格的な都

奈良文化財研究所によると、藤原京への遷都は持統天皇8年の694年です。中央に藤原宮を置き、中国の都城を参考にした条坊道路で街区を整えた、日本で初めて首都として計画的に造られた都市と説明されています。

従来は東西約2.1km、南北約3.2kmほどと考えられていましたが、外側にも道路や宅地が続くことが発掘で分かり、現在はさらに広い都市像が明らかになりつつあります。奈良文化財研究所の都城発掘調査部は、京域が方5km以上に広がっていたと紹介しています。

大きさの意味は「人口の多い街」だけではない

藤原京の中心にある藤原宮には、天皇の住まいだけでなく、大極殿、朝堂院、行政を担う官衙が配置されました。文化庁の解説は、現在にたとえると皇居、国会議事堂、霞が関の官庁街を一か所に集めたような政治中枢だったと説明しています。

つまり「巨大だった」という発見は、単に古代の都市が予想より広かったという話ではありません。中央の政治機構と多数の役人、寺院、道路、宅地を計画的に配置する必要があったことを示し、国家の仕組みそのものが大規模化していたことにつながります。

701年の大宝律令へ続く時代の都

藤原京が使われた16年間には、701年に大宝律令が整えられました。奈良文化財研究所は、藤原京を「日本が律令国家としての体裁を整えていく、とても重要な時代の都」と位置づけています。番組タイトルの「なぜ巨大な都をつくったのか」は、持統天皇個人の好みを探る問いではなく、国家運営の仕組みが変わる時代背景と重ねて見ると理解しやすくなります。

持統天皇は藤原京をどう完成させた?世界遺産との関係

計画開始は天武天皇、完成と遷都を進めたのが持統天皇

「藤原京をつくった女帝」という表現から、持統天皇が最初からすべてを計画したように受け取るかもしれません。しかし奈良文化財研究所は、都づくりを計画したのは天武天皇で、その晩年には道路などの造営工事が始まっていたことが発掘調査から分かるとしています。

天武天皇の死後に事業を引き継ぎ、694年に飛鳥浄御原宮から遷都したのが持統天皇です。したがって藤原京は、天武・持統の二代にまたがる国家的プロジェクトとして見るのがポイントです。持統天皇の重要性は、長期事業を政治的に継承し、実際の都として機能させたところにあります。

世界遺産は藤原宮だけではなく19の構成資産

2026年7月26日、第48回世界遺産委員会は「飛鳥・藤原の宮都」を評価基準(ii)(iii)に基づき世界遺産一覧表へ記載することを決定しました。ユネスコによると、登録資産は飛鳥宮跡、寺院跡、古墳、藤原宮跡など19の構成資産から成ります。

評価の中心は、中国大陸や朝鮮半島との交流を背景に、飛鳥から藤原へと中央集権的な律令国家が形成されていく過程を考古学的遺跡で示せることです。藤原宮跡はその一部であり、飛鳥の宮都から藤原京へ連続して変わる姿を一体で見ることに世界遺産としての価値があります。

同じ世界遺産を「飛鳥と藤原は何が違う?」という視点で整理した記事は、当サイトの「飛鳥・藤原の宮都」19資産と日本のはじまりで詳しく紹介しています。番組「歴史探偵」の過去回を見たい方は「歴史探偵×豊臣兄弟!夏休みSP」解説も参考になります。

世界遺産登録の決定は文化庁、19の構成資産と登録理由はUNESCO World Heritage Centre、藤原京の発掘成果は奈良文化財研究所で確認できます。

よくある質問

「歴史探偵 藤原京と持統天皇」はNHK総合でいつ放送?

NHK総合・東京では2026年9月14日(月)23時50分から0時35分まで再放送予定です。初回放送は9月9日でした。

藤原京はいつの都?

持統天皇8年の694年に遷都し、710年に平城京へ移るまで16年間使われた都です。藤原宮はその中心部にありました。

藤原京を造ったのは持統天皇?

造営計画は天武天皇の時代に始まり、天武天皇の死後に持統天皇が事業を引き継いで694年に遷都しました。「持統天皇がゼロから一人で造った都」と考えるより、二代にまたがる国家事業として見るのが正確です。

「飛鳥・藤原の宮都」はいつ世界遺産になった?

2026年7月26日の第48回世界遺産委員会で世界遺産一覧表への記載が決定しました。ユネスコでは19の構成資産から成る文化遺産として登録されています。

まとめ|藤原京の巨大さは「国の形」が変わった証拠

藤原京は694年に持統天皇が遷都し、710年の平城京遷都まで使われた計画都市です。造営は天武天皇の時代に始まり、持統天皇が引き継いで完成と遷都へ進めました。近年の発掘で京域が従来の想定より広かったことが分かり、藤原宮を中心に政治・行政・宗教・居住の空間を大規模に組み立てた都の姿が見えてきています。

2026年の世界遺産登録も、藤原宮だけを単独で評価したものではなく、飛鳥から藤原へ中央集権国家が形成されていく流れを19の資産で示す点が重要です。9月14日23時50分の再放送では、CGで復元される「大きな都」を見るだけでなく、その広さが当時の政治制度とどのようにつながるのか、そして持統天皇が天武天皇から受け継いだ都づくりをどう実現したのかに注目すると、世界遺産の意味までつながります。

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