日曜美術館|美術教育を受けなくても描ける?人生後半から創作を始めた3人|10/11 20:00
10月11日(日)20時からNHK Eテレで再放送される「日曜美術館」は、「人生が、絵となる おばあちゃんアーティストの軌跡」です。番組は丸木スマ、グランマ・モーゼス、木村セツら、人生の後半に創作の扉を開いた人たちに目を向けます。
なかでも番組紹介で明確に「美術教育を受けたことはなく」と説明されているのが丸木スマです。ただし、この一例から「美術教育を受けなくても誰でも同じように描ける」と一般化するのは番組紹介の範囲を超えます。ここでは3人の歩みを比べながら、今回の放送が何を見せようとしているのかを整理します。
日曜美術館「おばあちゃんアーティストの軌跡」放送情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組名 | 日曜美術館 |
| サブタイトル | 人生が、絵となる おばあちゃんアーティストの軌跡 |
| 再放送 | 2026年10月11日(日)20:00〜20:45 |
| 放送局 | NHK Eテレ |
| 司会 | 坂本美雨、守本奈実 |
| 出演 | アーサー・ビナード、木村セツ |
| 初回放送 | 2026年10月4日(日)9:00〜9:45 |
J:COMテレビ番組表では、今回の再放送を10月11日20時から20時45分までと案内しています。原爆の図 丸木美術館も10月1日に放送を告知し、初回放送が10月4日であることと、番組が丸木スマ、グランマ・モーゼス、木村セツを紹介する内容であることを掲載しました。
3人の作品や今回回の全体像は、日曜美術館「おばあちゃんアーティストの軌跡」まとめでも整理しています。
美術教育を受けなくても描ける?番組が示すのは丸木スマの実例
今回の番組紹介で、美術教育について具体的に触れられているのは丸木スマです。紹介文には、スマが73歳で初めて絵筆を握り、美術教育を受けたことがないとあります。そして、技法や常識にとらわれない作品を「自由で生命力に満ちている」と表現しています。
原爆の図 丸木美術館の「丸木スマの絵」では、丸木位里の母であるスマが70歳を過ぎてから、嫁の丸木俊のすすめで絵を描き始めたことが紹介されています。長く家業の船宿や野良仕事をしながら子どもを育て、1956年に81歳で亡くなるまで700点を超える絵を残しました。
ここから確認できるのは、「正式な美術教育を受けていなかった丸木スマが、人生後半に大量の作品を生み出した」という事実です。番組はその作品を、技術不足を乗り越えた成功例として単純化するのではなく、身近な草花や生き物、原爆の記憶まで含めたスマ自身の人生が絵になっていく過程として扱っています。
したがって「美術教育がなくても描ける?」という問いへの、この番組に沿った答えは「丸木スマは美術教育を受けずに70代から描き始め、独自の作品を残した」です。それ以上に、誰にでも同じ結果が当てはまると断定する内容ではありません。
丸木スマは73歳から何を描いた?
丸木美術館によると、スマは身近な動物、花、野菜などを、あふれるような色彩で伸びやかに描きました。動物には豊かな表情やしぐさがあり、花の絵には画面からあふれるような生命力があると同館は紹介しています。
スマの作風は後に画壇にも認められ、1951年には日本美術院展に初入選、1953年には院友に推挙されました。つまり「遅く始めたから趣味の範囲にとどまった」という経歴ではありません。一方で、番組の焦点は受賞歴だけでなく、長い生活の後に生まれた表現そのものにあります。
スマは原爆も体験しています。丸木美術館は、明るい動植物の絵と「原爆の図」が一見正反対に見えながら、根の部分ではつながっていると説明しています。今回の番組紹介にも「野山の草花や生き物、そして原爆の記憶」とあり、人生で見てきたものが作品の題材になっている点が重要です。
グランマ・モーゼスも人生後半に絵を本格化
番組はアメリカのグランマ・モーゼスも取り上げます。ハーモ美術館の作家紹介によると、本名はアンナ・メアリー・ロバートソン・モーゼス。農場で働き、家庭生活を送りながら、67歳ごろから刺繍絵を作り始め、手の不自由さから絵筆に持ち替え、75歳から本格的に絵を描き始めました。
彼女は農村の暮らしや季節の風景などを描き、80歳で初個展を開催。100歳を迎えた際には、ニューヨーク市が誕生日を「グランマ・モーゼスの日」と定めたことも同館が紹介しています。
ただし、今回確認できた番組紹介では、モーゼスについて「美術教育を受けていなかった」と同じ文脈で明言しているわけではありません。丸木スマとの共通点として確実に言えるのは、人生の後半に創作を本格化させたことです。
丸木スマとモーゼスは、生活の中で見てきたものを作品にした点でも重なります。しかし、時代も国も生活環境も違います。番組では、単純な「遅咲きの成功者」という枠より、それぞれの人生と作品の結びつきを見るほうが内容に合っています。
木村セツは90歳から新聞ちぎり絵を始めた
今回の出演者でもある木村セツさんは、新聞ちぎり絵を制作しています。木村さんの公式オンラインショップの作者紹介では、1929年に奈良県桜井市で生まれ、90歳から創作を始め、100点以上の作品を生み出してきたと紹介されています。
作品は新聞紙をちぎって作るもので、公式紹介では「パワフルでユーモラス」と表現されています。書籍の刊行や各地での原画展も続き、2026年にも複数の展示予定が掲載されています。
木村さんの場合も、今回確認した公式情報から「美術教育を受けていない」と断定することは避けます。番組の共通軸は、90歳という人生後半に新たな創作を始めたことです。
出演者全体を確認したい方は、日曜美術館「おばあちゃんアーティストの軌跡」の出演者・ゲストも参考にしてください。
3人の共通点は「遅く始めた」だけではない
番組紹介は、丸木スマ、グランマ・モーゼス、木村セツを「人生の後半に創造の扉を開いた『おばあちゃんアーティスト』」として並べています。年齢を重ねてから制作を始めた、または本格化させたことが、最も分かりやすい共通点です。
一方で、3人を完全に同じ条件で語ることはできません。丸木スマは絵画、グランマ・モーゼスも絵画、木村セツは新聞ちぎり絵と表現方法が異なります。創作を始めたきっかけも、制作している時代や場所も違います。
だからこそ、今回の放送では「何歳でも始められる」という標語だけを受け取るより、それぞれがそれまで生きてきた時間を何に変えたのかを見るのがポイントになりそうです。これは番組タイトルの「人生が、絵となる」という言葉ともつながります。
日曜美術館で見るときのポイント
今回の内容を楽しむ際は、まず丸木スマの作品に何が描かれているかに注目すると入りやすいでしょう。草花や動物の明るい表現と、原爆の記憶という重い経験が、一人の人生の中に同時に存在しています。
次に、グランマ・モーゼスが農村の暮らしを描いたこと、木村セツが新聞という身近な素材で食べ物などのモチーフを作っていることを比べると、創作と日常生活の距離が見えてきます。
そして「美術教育の有無」だけで作品を評価しないことも大切です。番組紹介が丸木スマについて強調しているのは、教育を受けていない事実だけでなく、技法や常識にとらわれない自由さと生命力です。どこで学んだかより、何を見て、何を残そうとしたのかに目を向ける回として見ることができます。
司会の2人については、日曜美術館の司会・坂本美雨さんと守本奈実さんで経歴と番組での立場をまとめています。
前回までの記事とあわせて見るなら
「日曜美術館」は同じ番組でも、毎回扱う作家や展覧会によって見方が大きく変わります。今回のように人生後半から創作した人を扱う回では、作品の技法だけでなく、作家の生活史も重要な手がかりになります。
別テーマの回と見比べたい方は、日曜美術館9月27日放送関連の記事もあわせて確認すると、番組が作家や作品へ近づく切り口の違いが分かりやすくなります。
参考にした情報
- 原爆の図 丸木美術館「NHK日曜美術館放送のお知らせ」
- 原爆の図 丸木美術館「丸木スマの絵」
- 木村セツ「90setsu」公式オンラインショップ ABOUT
- ハーモ美術館「グランマ・モーゼス」
- J:COMテレビ番組表「日曜美術館」
よくある質問
丸木スマは美術教育を受けていたのですか?
今回の番組紹介では、丸木スマは美術教育を受けたことがなく、73歳で初めて絵筆を握ったと紹介されています。
グランマ・モーゼスと木村セツも美術教育を受けていなかったのですか?
今回確認できた番組紹介では、2人について同じ表現で断定されていません。共通して確認できるのは、人生の後半に創作を始めたり本格化させたりした点です。
木村セツは何歳から新聞ちぎり絵を始めたのですか?
公式オンラインショップの作者紹介では、90歳から新聞ちぎり絵を始め、100点以上の作品を生み出してきたと紹介されています。
まとめ
「日曜美術館『人生が、絵となる おばあちゃんアーティストの軌跡』」で、美術教育を受けていなかったことが明確に紹介されるのは丸木スマです。73歳で絵筆を握り、81歳で亡くなるまで700点を超える作品を残しました。
番組はそこからグランマ・モーゼス、木村セツへ視野を広げ、人生後半に創作を始めた人たちの作品を見つめます。「美術教育がなくても誰でも描ける」と一般化するのではなく、3人それぞれの暮らしや経験がどのように表現へ結びついたのかを見ることが、今回の放送を楽しむ大きなポイントです。

