モナ・リザ盗難事件の犯人は誰?1911年の消失と世界一有名になった理由|9/16|9/16 23:25
2026年9月16日(水)23時25分からNHK BSで放送される「BS世界のドキュメンタリー選『モナ・リザ盗難! 消えたほほ笑みを捜せ』」は、1911年にルーブル美術館から「モナ・リザ」が消えた事件を入口に、なぜこの絵が世界的アイコンになったのかを追うドキュメンタリーです。
犯人は誰だったのか、どうやって盗み出したのか、なぜ2年以上も見つからなかったのか、盗難が作品の知名度をどう変えたのか。放送前後に検索されやすい疑問を、NHKの公式SI番組情報、ルーブル美術館公式、作品の国際販売元ZEDの情報をもとに整理します。
「モナ・リザ盗難! 消えたほほ笑みを捜せ」の放送日時
| 番組名 | BS世界のドキュメンタリー選「モナ・リザ盗難! 消えたほほ笑みを捜せ」 |
| 放送日時 | 2026年9月16日(水)23:25~翌0:15 |
| 放送局 | NHK BS |
| 原題 | WHO STOLE THE MONA LISA? |
| 制作 | UPSIDE(フランス) |
| 制作年 | 2025年 |
| 監督 | Dominique Leeb |
| 主な表現 | 再現映像、アーカイブ、アニメーション |
NHK公式サイトは外部取得が制限されていたため、今回放送の詳細はNHK公式SIを利用する番組表で確認しました。番組は1911年8月の盗難から作品がパリへ戻るまでを、当時の映像や再現、ポップなアニメーションでたどる構成です。国際販売元ZEDは、作品を「モナ・リザを世界で最も有名な傑作へ押し上げた、驚くべき盗難事件」を追う52分の歴史・文化ドキュメンタリーとして紹介しています。
モナ・リザを盗んだ犯人は誰?ヴィンチェンツォ・ペルージャ
ルーブル美術館公式によると、モナ・リザは1911年8月21日に消失しました。2年以上たって、ルーブルでガラス工として働いたことがあるヴィンチェンツォ・ペルージャがイタリアの画商へ作品を売ろうとし、画商側が当局へ連絡したことで発見につながります。
ペルージャはイタリアへ作品を戻す意図を語ったとされていますが、動機を単純に「愛国心だけ」と断定するのは慎重であるべきです。事件資料には金銭的な意図を疑う見方もあり、今回のドキュメンタリーが「なぜモナ・リザだったのか」をどう描くかが重要なポイントです。
どうやって盗まれた?ルーブルの休館日と館内事情
1911年当時、ルーブルは月曜日が休館日でした。ペルージャは美術館の仕事に関わった経験があり、作品を保護するガラスの取り付けにも関わったとされます。館内事情を知る人物だったことが、巨大美術館から小さな板絵を持ち出す犯行を可能にした大きな要因でした。
現在のモナ・リザは、ルーブルのサル・デ・ゼタ(Salle des États)で、温湿度管理された防護ガラスのケースに守られています。世界的な名画の警備が厳重になった背景を考えるうえでも、1911年の盗難は象徴的な事件です。
なぜ盗難でモナ・リザがさらに有名になったのか
盗難前からモナ・リザは重要作品でしたが、事件は作品の知名度を別次元へ押し上げました。空白になった展示場所そのものを見ようと人々がルーブルへ集まり、新聞は失踪事件を大きく報道。作品が「美術史の名画」から「誰もが知るニュースの主役」へ変わっていきます。
ZEDの作品紹介も、2年間の不在がメディアの熱狂と噂を生み、すでに有名だった作品を本格的な伝説へ変えたと説明しています。番組表では、当時まだ珍しかったカラー印刷で新聞が事件を特集し、そのほほ笑みが広く知られるきっかけになったと案内されています。
NHK BSの海外ドキュメンタリーをよく見る方は、当サイトの「BS世界のドキュメンタリー」イルカ餌付け問題の解説もあわせてどうぞ。同じ枠でも、歴史事件と環境問題で「海外制作作品を日本語で読み解く」切り口が大きく異なります。
捜査の迷走と2年後の発見|「誰が盗んだ?」が世界的ミステリーに
作品が消えた直後、捜査は簡単には犯人へたどり着きませんでした。詩人ギヨーム・アポリネールや画家パブロ・ピカソまで疑われた時期があり、名画盗難は犯罪事件であると同時に、世界中が犯人像を想像する一大ミステリーになりました。
最終的には1913年、ペルージャがフィレンツェで画商へ接触したことが突破口となり、作品は回収されました。ルーブル公式が説明するように、盗難・捜査・発見という劇的な物語そのものがモナ・リザの名声をさらに高めたのです。今回の番組は、犯行の方法だけでなく、「名画の価値は作品だけで決まるのか、社会が作る物語も価値を増幅するのか」という視点でも楽しめます。
よくある質問
モナ・リザを盗んだ犯人は誰?
1911年の盗難で逮捕されたのは、ルーブル美術館で働いた経験のあるイタリア人ヴィンチェンツォ・ペルージャです。ルーブル公式も、彼がイタリアの画商へ売ろうとして発覚したと説明しています。
モナ・リザは何年行方不明だった?
1911年8月に盗まれ、1913年に発見されるまで2年以上行方不明でした。ルーブル公式は「2年以上、絵の情報が途絶えた」と案内しています。
盗難事件でモナ・リザは有名になったの?
盗難前から評価の高い作品でしたが、事件をめぐる世界的な新聞報道、捜査、空白の壁を見に来る群衆などが知名度を飛躍的に高めたと、番組制作側と複数の資料が説明しています。
まとめ|1911年の盗難は「モナ・リザ」を世界的セレブにした事件
1911年にモナ・リザを持ち出したのは、ルーブルで働いた経験を持つヴィンチェンツォ・ペルージャでした。作品は2年以上行方不明になり、1913年にイタリアで発見されます。捜査の迷走や世界的な報道は、絵の謎めいた微笑みとともに大衆の想像力を刺激しました。
『モナ・リザ盗難! 消えたほほ笑みを捜せ』は、犯人当てだけで終わる作品ではありません。盗難という事件が、なぜ一枚の絵を「誰もが知る顔」へ変えていったのかを、再現映像・アーカイブ・アニメーションでたどる点が最大の見どころです。

