TV

  • HOME
  • ブログ
  • TV
  • 泉秀樹の歴史を歩く「桜田門外ノ変と女たち」誰が井伊直弼を襲撃?事件の理由とその後|10月25日5時30分|10/25 5:30

泉秀樹の歴史を歩く「桜田門外ノ変と女たち」誰が井伊直弼を襲撃?事件の理由とその後|10月25日5時30分|10/25 5:30

10月25日(日)5時30分からJ:COM BSで放送される「泉秀樹の歴史を歩く」は、「桜田門外ノ変と女たち」がテーマです。

桜田門外の変といえば、大老・井伊直弼が江戸城桜田門外で暗殺された幕末の大事件です。しかし今回の番組は、襲撃そのものだけでなく、なぜ浪士たちは暗殺を計画したのか、事件にどんな意味があったのか、そして関係した女性たちがその後どうなったのかまで追います。

ドラマのような「黒幕探し」ではなく、実際の史料から確認できる計画者・実行者・政治背景を整理すると、事件の構図が見えやすくなります。放送前に知っておきたい人物関係と時系列をまとめました。

泉秀樹の歴史を歩く「桜田門外ノ変と女たち」放送日時

項目内容
放送日時2026年10月25日(日)05:30〜06:30
放送局J:COM BS(Ch.260)
番組名泉秀樹の歴史を歩く
今回のテーマ桜田門外ノ変と女たち
出演泉秀樹
番組の焦点井伊直弼襲撃の理由、事件の意味、関係した女性たちの運命

J:COM公式番組表では、「大老・井伊直弼を襲撃した浪士たちは、なぜ暗殺を計画したのか」「どんな意味があったのか」「襲撃にかかわった女たちの運命」を追う内容と案内されています。

「泉秀樹の歴史を歩く」は、作家・泉秀樹さんが歴史の現場を訪ね、人物や事件を独自の視点で読み解く番組です。キニナルでは直近の長谷川平蔵と松平定信の関係を扱った回も紹介しており、今回は舞台を幕末へ移します。

桜田門外の変では誰が井伊直弼を襲撃した?

井伊直弼を襲撃した実行部隊は、水戸藩の脱藩者17人と薩摩藩の有村次左衛門1人の計18人です。

茨城県立図書館の解説では、井伊排撃の計画を進めた人物として高橋多一郎や金子孫二郎らが挙げられ、実際の襲撃では関鉄之介が総指揮者となったとされています。

東京都立図書館も、襲撃者18人の大半が水戸浪士で、唯一の薩摩浪士が有村次左衛門だったと紹介しています。有村は井伊直弼の首を掲げたと伝えられ、襲撃で重傷を負った後に自刃しました。

つまり、「一人の謎の黒幕が全員を動かした」という単純な事件ではありません。水戸藩内で高まった反発、薩摩藩有志との連携、複数の計画者と実行者が重なって起きた政治的な襲撃事件です。

なぜ井伊直弼は狙われたのか?

井伊直弼が狙われた背景には、将軍継嗣問題、通商条約をめぐる対立、安政の大獄による反対派への弾圧が重なっていました。水戸藩尊攘派にとって、井伊は幕府の強硬な政治姿勢を象徴する存在になっていたのです。

日米修好通商条約と将軍継嗣問題

事件の背景には、幕末の外交と幕府内部の政治対立があります。

井伊直弼は大老として、外国との通商条約問題や将軍継嗣問題に強い権限を持って対応しました。茨城県立図書館の資料では、通商条約の違勅調印や将軍継嗣問題をめぐり、徳川斉昭ら反対派と井伊が激しく対立したことが説明されています。

朝廷の許可を得ないまま条約が結ばれたことへの反発は、水戸藩の尊王攘夷派にとって大きな問題でした。ただし、当時の国際情勢や幕府の判断には複数の事情があり、後世から単純に「開国したから暗殺された」とだけ見ると背景を見落とします。

安政の大獄で対立が決定的に

もう一つ大きいのが安政の大獄です。

井伊政権は反対派への弾圧を強め、徳川斉昭らの処分や、尊王攘夷派・公家への厳しい取り締まりを進めました。茨城県立図書館は、水戸藩では特に弾圧が激しく、これに対して井伊排撃の計画が進んだと説明しています。

襲撃者側から見れば、井伊直弼は単なる一人の政治家ではなく、自分たちの政治的主張を封じ込める幕府権力の象徴になっていました。番組が「なぜ暗殺を計画したのか」を取り上げるのは、この積み重なった対立を見ないと事件の意味が分からないからです。

桜田門外の変を時系列で整理

1. 水戸藩内で井伊排撃の動きが強まる

水戸藩では、将軍継嗣問題、条約問題、戊午の密勅とその返納問題、安政の大獄などを背景に、井伊直弼への反発が強まります。

高橋多一郎、金子孫二郎らを中心に井伊排撃の計画が具体化し、薩摩藩の有志とも連携が模索されました。

2. 関鉄之介ら実行部隊が集まる

実行段階では、関鉄之介が現場指揮を担い、水戸脱藩者17人と薩摩藩士・有村次左衛門の計18人が行動します。

吉村昭記念文学館は、歴史小説『桜田門外ノ変』について、襲撃現場を指揮した関鉄之介を主人公とし、暗殺から逃亡、捕縛までを描いた作品だと紹介しています。史実をたどるうえでも、関は事件後まで重要な人物です。

3. 1860年3月3日、雪の桜田門外で襲撃

事件が起きたのは安政7年、現在の暦で1860年3月3日です。

東京都立図書館によると、井伊家上屋敷から桜田門までは約200メートル。大雪の中、井伊直弼の行列が桜田門近くに差しかかったところを18人が襲撃しました。

当日は供侍が雨合羽を着け、刀にも柄袋などを装着していたため、急襲への対応が難しかったとされています。井伊家側にも多数の死傷者が出ました。

4. 井伊直弼が殺害される

戦闘の中で井伊直弼は殺害され、有村次左衛門がその首を取ったと伝えられています。

愛知県公文書館の展示解説では、事件後の井伊家の届け出に、井伊が「怪我をして帰宅した」ように記された文書が残っていると紹介されています。実際には現場で死亡していましたが、当主の死を直ちに公にできない事情があったことが分かります。

この点は、事件そのものだけでなく、幕府や大名家が政治秩序を守るためにどのように情報を扱ったかを見る材料にもなります。

「黒幕」は誰だったのか?

結論から言えば、現時点で確認できる公的資料から「すべてを操った一人の黒幕」を置くのは適切ではありません。

計画面では高橋多一郎や金子孫二郎ら水戸藩尊攘派が重要で、実行部隊では関鉄之介が総指揮を担いました。また、薩摩藩有志との連携もありました。

そのため事件の「真相」を考えるときは、犯人探しのように一人へ絞るより、水戸藩と幕府の政治対立、朝廷との関係、安政の大獄による弾圧、尊王攘夷運動の広がりが合流した結果として見る方が史料に沿っています。

番組がどの人物を中心に解説するかは放送前には明らかになっていません。泉秀樹さんが現場を歩きながら、計画者と実行者の役割をどう整理するのかが注目点です。

「女たち」とは誰?事件は家族にも及んだ

番組は女性たちの「運命」を追う

J:COM公式は、今回の番組で「襲撃にかかわった女たちの運命」を追うと明記しています。

ただし、放送前の公式紹介では、取り上げる女性の実名までは掲載されていません。そのため、番組に登場する人物を推測で断定することはできません。

一方、桜田門外の変を実行した浪士たちは、事件後に自刃、捕縛、処刑、逃亡などそれぞれ厳しい運命をたどりました。その影響が妻や母、家族、周囲の女性たちに及んだことは、事件を「18人の男たちの襲撃」だけで終わらせない重要な視点です。

関鉄之介の妻「ふさ」は映像作品でも描かれた

桜田門外の変を扱った作品で知られる女性の一人が、関鉄之介の妻です。

常陸大宮市の広報資料では、2010年の映画『桜田門外ノ変』のロケ紹介の中で、「桜田十八士の一人、関鉄之介の妻ふさ」と記されています。映画では長谷川京子さんが演じました。

ただし、今回の「泉秀樹の歴史を歩く」で妻ふさが取り上げられるかどうかは、放送前の公式情報では確認できません。番組タイトルの「女たち」が誰を指すのかは、実際の放送で確かめたいポイントです。

桜田門外の変は幕末に何をもたらした?

桜田門外の変は、単に大老一人が暗殺された事件ではなく、幕府の権威が大きく揺らいだ出来事でした。

新潮社の吉村昭『桜田門外ノ変』紹介では、この事件を機に、水戸藩で起こった尊王攘夷思想が倒幕運動へと変化していく大きな転機として説明されています。

もちろん、桜田門外の変だけで倒幕が決まったわけではありません。その後も公武合体、和宮降嫁、坂下門外の変、薩英戦争、禁門の変、長州征討など多くの出来事が続きます。

それでも、幕府最高権力者の一人が江戸城の目前で襲撃され死亡した事実は、幕府が絶対的な統制力を持つ存在ではないことを社会に印象づけました。番組が問いかける「どんな意味があったのか」は、まさに事件後の政治変化まで含めて考えるテーマです。

過去の「泉秀樹の歴史を歩く」との違い

キニナルでは、同番組の北条時政を扱った回や渋沢栄一と養蚕を扱った回なども紹介してきました。

今回の「桜田門外ノ変と女たち」は、一人の人物の功績を追うだけではなく、政治事件の実行者、被害者、その家族まで複数の立場を横断する回です。

特に「女たち」という切り口が入ることで、教科書では数行で終わりがちな暗殺事件を、事件後の生活や人間関係まで広げて見る構成になっています。

参考にした情報

よくある質問

桜田門外の変で井伊直弼を襲撃したのは誰ですか?

水戸藩の脱藩者17人と薩摩藩の有村次左衛門1人、計18人が実行部隊です。関鉄之介が現場の総指揮を担ったとされています。

井伊直弼はなぜ暗殺されたのですか?

将軍継嗣問題や通商条約、戊午の密勅、安政の大獄などをめぐり、水戸藩尊攘派と井伊政権の対立が深まったことが背景です。複数の政治対立が重なって襲撃計画へ発展しました。

「桜田門外ノ変と女たち」の女たちは誰ですか?

J:COM公式は「襲撃にかかわった女たちの運命」を追うとしていますが、放送前の番組紹介では女性の実名までは発表されていません。誰を取り上げるかは放送で確認するポイントです。

まとめ

10月25日5時30分の「泉秀樹の歴史を歩く」は、桜田門外の変を襲撃の瞬間だけでなく、計画の背景と事件後の人々の運命まで広げて見る回です。

井伊直弼を襲ったのは水戸・薩摩の浪士18人で、関鉄之介が実行部隊を指揮しました。背景には条約問題、将軍継嗣問題、安政の大獄などがあり、単独の「黒幕」で説明できる事件ではありません。

さらに今回は、公式が明記する「女たちの運命」が大きな焦点です。事件に関わった男性の家族や周辺の女性まで視野に入れることで、桜田門外の変が社会と生活に残した傷を、より具体的に理解できる放送になりそうです。

このテーマの関連記事はこちら