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泉秀樹の歴史を歩く「長谷川平蔵 上司に嫌われた男」なぜ松平定信と距離が生まれた?功績を時系列解説|10/18 5:30

10月18日(日)朝5時30分からJ:COM BSで放送される「泉秀樹の歴史を歩く」は、長谷川平蔵を取り上げます。副題は「上司に嫌われた男」。時代小説や映像作品で「鬼平」として知られる人物に、なぜそんな言葉が付くのかが今回の大きな見どころです。

平蔵は火付盗賊改方として犯罪捜査で実績を上げただけでなく、無宿人の更生を目指す石川島人足寄場にも深く関わりました。一方で、老中・松平定信からは能力を認められながら、その仕事ぶりや金銭感覚を警戒されたと伝えられています。番組を見る前に、この「評価されるのに出世しきれない」というねじれを時系列で押さえておくと、題名の意味が見えやすくなります。

10月18日の放送日時と番組内容

項目内容
放送日2026年10月18日(日)
放送時間5:30〜6:30
放送局J:COM BS
番組名泉秀樹の歴史を歩く
今回の副題長谷川平蔵 上司に嫌われた男
出演泉秀樹
主なテーマ「鬼平」として知られる長谷川平蔵の実像

J:COM BSの公式番組表では、作家・泉秀樹さんが歴史の現場を訪ね、独自の視点で人物や事件を読み解く番組として案内されています。今回の番組ガイドでは、長谷川平蔵について「小説やテレビでは理想の男として描かれてきたが、実際の素顔はどうだったのか」という方向が示されています。

つまり、単に「鬼平は名奉行だった」と持ち上げる回ではなく、創作で定着した英雄像と史実の人物像の間にある差をたどる内容になりそうです。とくに副題の「上司に嫌われた男」が、松平定信との関係をどこまで具体的に扱うのかが注目点です。

長谷川平蔵は何をした人物なのか

長谷川平蔵宣以は江戸時代の旗本で、1787年に火付盗賊改方に任ぜられました。焼津市の歴史資料では、平蔵は実在の人物であり、後世の『鬼平犯科帳』のモデルとして広く知られるようになったことが紹介されています。

火付盗賊改方は、放火や強盗など江戸の重大犯罪を扱う役目でした。名古屋刀剣博物館の解説では、平蔵は神道徳次郎一味などの摘発で実績を上げ、さらに人足寄場の設置を建言した人物として整理されています。

ここで重要なのは、平蔵が「捕まえる人」だけでは終わらなかった点です。犯罪者を取り締まる一方で、犯罪に戻らないための働く場所や生活基盤まで考えたことが、平蔵を理解するうえで大きな手掛かりになります。

若いころの放蕩と「鬼平」の落差

後世の鬼平像は、落ち着きがあり、部下に慕われ、悪人には厳しく弱い者には情をかける理想的なリーダーとして描かれます。しかし史実の平蔵には、若いころ放蕩したという記録も伝わっています。

焼津市の紹介でも、幼少期から順調な優等生だった人物としてではなく、若いころは「本所の銕」と呼ばれた一面が記されています。こうした過去を持つ人物が、のちに江戸の治安を担う側へ進んだところに、平蔵の面白さがあります。

番組タイトルの「上司に嫌われた男」という言葉も、単純な善人対悪い上司という話ではなく、型にはまらない人物が官僚組織の中でどう評価されたかを見る言葉として受け取ると理解しやすいでしょう。

「上司に嫌われた男」は誰との関係を指す?

焦点になる上司は、寛政の改革で知られる老中松平定信と考えられます。平蔵を火付盗賊改方に任じた時期の幕政を主導した人物で、規律や倹約を重視したことで知られます。

一方の平蔵は、現場で結果を出すために柔軟な方法を取る人物でした。人足寄場でも、働かせるだけではなく、仕事を覚えさせ、製品を作らせ、出所後の生活につながる仕組みを整えていきます。

MANTANWEBは定信の自叙伝『宇下人言』をもとに、定信が平蔵の人足寄場での手腕を評価しつつも、利益を生む工夫や相場を利用した資金調達を好意的には見ていなかったことを紹介しています。ここに、実績は認めるが人物像には警戒するという複雑な関係が浮かびます。

決定的な伏線は人足寄場の運営方法

「なぜ嫌われたのか」を考えるとき、平蔵の能力不足を原因と見るのは不自然です。むしろ逆で、平蔵は成果を出していました。

人足寄場では、無宿人に仕事を与え、賃金の一部を蓄えさせて出所時の生活資金につなげる仕組みが採られたと紹介されています。さらに再生紙などを作って収益を確保し、限られた予算で施設を回していきました。

現代の感覚では実務家として高く評価されそうですが、倹約と規律を重んじる定信から見れば、相場や商売の仕組みを巧みに使う平蔵は「役人らしくない」人物にも映ったのでしょう。ここが今回の副題を読み解く最大の伏線です。

長谷川平蔵の歩みを時系列で整理

1. 家督を継ぎ、幕府の役人として経験を積む

平蔵は父から家督を継ぎ、書院番などを経て役職を重ねていきました。若いころの放蕩だけを見れば、のちの鬼平像とはかなり距離があります。

ただし、この市井に近い経験が後年の人物像と無関係だったとは言い切れません。犯罪者や無宿人を単純に切り捨てず、生活の立て直しまで考える発想には、現場感覚の強さがにじみます。

2. 1787年、火付盗賊改方へ

1787年、平蔵は火付盗賊改方に任じられます。ここから「鬼平」として後世に語られる中心時代が始まります。

凶悪犯を扱う部署だけに危険も多く、通常は長く続けるには負担の大きい役目でした。平蔵は結果的に長期間この職を務めています。

3. 強盗団の摘発で実績を上げる

平蔵は盗賊一味の摘発で実績を上げました。名古屋刀剣博物館の解説では、神道徳次郎一味などの事件が代表例として挙げられています。

ここだけを見ると、平蔵は「有能な捜査責任者」です。ところが、その後の人足寄場で行政手腕を発揮するほど、定信との考え方の違いが見えやすくなっていきます。

4. 1789年ごろ、人足寄場を提案

平蔵は無宿人をただ処罰するのではなく、働く場を設けて社会復帰を促す人足寄場を提案しました。翌1790年には石川島で運営が始まります。

犯罪が起きた後に捕らえるだけではなく、犯罪に向かわざるを得ない状態を減らす発想です。平蔵の評価を高めた大きな仕事でした。

5. 成果を出しながら、定信との距離が広がる

人足寄場では運営資金を確保するための工夫が行われました。MANTANWEBの解説では、定信がこうしたやり方を功利的だと見ていたことが『宇下人言』をもとに紹介されています。

ここで「仕事ができるのに上司から全面的には信頼されない」という構図が成立します。副題の答えは、失敗したから嫌われたのではなく、成果の出し方そのものが定信の価値観と合わなかったという点にありそうです。

松平定信は平蔵の何を評価し、何を嫌ったのか

定信が平蔵のすべてを否定していた、と単純化するのは避けたいところです。人足寄場が実際に機能したことや、治安対策で成果を上げたことは無視できません。

一方で、定信は田沼意次時代の商業重視の空気に批判的でした。平蔵の現実的な資金運用や利益を生む工夫は、まさに定信が警戒する「功利」に近く見えた可能性があります。

そのため、二人の対立は能力の有無ではなく、幕政をどう運営するかという価値観の違いとして見るほうが分かりやすいでしょう。現場の効率を優先する平蔵と、規律や理念を重視する定信。この組み合わせが緊張を生んだと考えると、番組の題名が立体的になります。

「鬼平犯科帳」の平蔵と実在の平蔵は同じ?

同じ人物をモデルにしていますが、作品の平蔵と史実の平蔵を完全に同一視することはできません。焼津市も、実在の長谷川平蔵宣以が小説『鬼平犯科帳』のモデルになったことを説明しています。

創作では、人情味や剣の腕、密偵との関係などが物語として磨かれています。一方、歴史上の平蔵を追うと、役人としての出世、強盗団の摘発、人足寄場の制度設計、幕府上層部との関係といった行政官としての姿が強く見えてきます。

今回の「泉秀樹の歴史を歩く」は、まさにこの差を楽しむ回です。映像作品で鬼平を知っている人ほど、「実在の平蔵はどこまで同じなのか」を意識して見ると面白くなります。

前回までの「泉秀樹の歴史を歩く」とあわせて見たい記事

「泉秀樹の歴史を歩く」は、一人の人物を英雄としてだけ見るのではなく、時代背景や周囲との関係まで含めて読み解く回が続いています。

同番組では、鄭成功と近松門左衛門『国性爺合戦』の関係を整理した記事もあります。実在人物が後世の作品でどう描かれたかという点では、今回の長谷川平蔵回ともつながります。

また、吉原繁盛記を歴史背景から整理した記事も、江戸の制度や町の実像を知る補助線になります。

今回の見どころは「犯人探し」より人物評価の逆転

この回は事件ドラマのように犯人が最後に明かされる番組ではありません。代わりに謎になるのは、「これだけ実績を上げた平蔵が、なぜ上司に警戒されたのか」という人物評価です。

最初に「鬼平=理想のリーダー」というイメージを置き、次に火付盗賊改方としての功績、人足寄場の制度設計を見せ、その後に松平定信との価値観の差を重ねる。こうして見ると、副題そのものが一種の答え合わせになっています。

証拠になるのは、平蔵の失策ではなく、むしろ成功の中身です。役人としては異例なほど実務的に資金や労働を動かしたからこそ、定信には危うさも感じられた。ここが今回の歴史上の「真相」に近いポイントでしょう。

参考にした情報

よくある質問

「上司に嫌われた男」の上司は誰ですか?

今回の副題から中心になるのは、老中の松平定信と考えられます。平蔵の実績は認めながらも、利益を生む実務的な手法や人物像には警戒があったとする史料紹介があります。

長谷川平蔵は実在した人物ですか?

はい。実在した旗本の長谷川平蔵宣以で、1787年に火付盗賊改方に任ぜられました。池波正太郎の『鬼平犯科帳』はこの人物をモデルにしています。

石川島人足寄場とは何ですか?

無宿人に仕事や教育の機会を与え、社会復帰を促すための施設です。長谷川平蔵はその設置を建言し、運営にも深く関わりました。

10月18日の放送は何時からですか?

J:COM BSで2026年10月18日(日)5時30分から6時30分の放送予定です。

まとめ

10月18日の「泉秀樹の歴史を歩く」は、長谷川平蔵を「鬼平」という英雄像だけでなく、幕府組織の中で評価が割れた実在の役人として見る回です。

平蔵は火付盗賊改方として成果を上げ、人足寄場でも大きな仕事を残しました。それでも松平定信から全面的な信頼を得たとは言いにくく、そこには実績の出し方と価値観の違いがありました。

「上司に嫌われた男」という副題は、平蔵が無能だったという意味ではありません。むしろ、有能で現実的だったからこそ、理念を重んじる上司との間に緊張が生まれた――その逆説こそが、今回いちばん面白いポイントです。

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