『泉秀樹の歴史を歩く』北条時政は何をした?鎌倉幕府の実権と追放の背景【9月27日】|9/27 05:30
2026年9月27日(日)午前5時30分からJ:COM BSで放送される『泉秀樹の歴史を歩く』は「鎌倉幕府と北条時政」がテーマです。作家・泉秀樹さんが歴史の現場を訪ね、鎌倉幕府の基礎を支えた人物の生涯をたどります。
番組紹介では、長く続く武家政権の礎を築いた人物として北条時政を取り上げています。時政は鎌倉幕府の初代執権として知られますが、源頼朝の義父という立場から、どのように政権の中心へ進んだのかを押さえると、歴史番組の見どころが整理できます。
北条時政は何をした人物?
北条時政は伊豆を本拠とした北条氏の武士で、娘の北条政子が源頼朝と結婚したことから、頼朝と密接な関係を持つようになりました。1180年の頼朝挙兵に関わり、鎌倉幕府成立へ向かう政治・軍事の動きに加わります。
頼朝の死後は幕府内部で有力御家人の対立が続き、時政ら北条氏の存在感が強まります。1203年には初代執権となり、将軍を補佐する立場から幕府運営へ深く関わりました。
頼朝の義父から初代執権へ――なぜ実権を握れた?
時政の力を考えるには、姻戚関係だけでは説明しきれません。頼朝の死後、将軍家を支える御家人間で政治的な主導権争いが生じ、北条氏はその過程で重要な位置を占めるようになります。
とりわけ1203年、二代将軍・源頼家をめぐる対立と比企氏の滅亡が起き、頼家の弟・源実朝が将軍となりました。時政は実朝を支える側で執権となります。幕府の政治は将軍ひとりの意思ではなく、御家人や将軍家の関係の中で形づくられていきました。
北条時政はなぜ追放された?牧氏事件とは
時政の政治生活の転機となったのが1205年の牧氏事件です。時政と後妻・牧の方が源実朝を退けようとしたとされる計画をめぐり、娘の政子や息子の義時が反発し、時政は出家して伊豆に退きました。
事件の具体的な動機や各人の思惑については、鎌倉時代の史料の読み方によって議論があります。誰か一人を「黒幕」と断定するよりも、実朝の将軍職と北条家内部の利害が衝突した事件として理解するのが有用です。その後は義時が執権の地位を継ぎ、北条氏の幕府政治が続きます。
泉秀樹さんの番組で注目したい歴史の見方
作家・泉秀樹さんは『歴史を歩く』で歴史の舞台を探訪し、人物と事件を現地から読み解く形式をとっています。今回は「鎌倉幕府と北条時政」を掲げており、個々の場所が具体的にどこまで紹介されるかは放送案内に明記されていません。実際のロケ地点を推測して列挙することは避けます。
観る際には、時政が頼朝の挙兵を支えた段階、執権として権力を持った段階、牧氏事件によって退いた段階を分けると理解しやすくなります。政子と義時が父と異なる立場を取った理由を考えることも、このテーマの重要な視点です。
放送日時とシリーズの情報
- 放送:2026年9月27日(日)午前5時30分〜6時30分
- 放送局:J:COM BS(BS260ch)
- 番組:泉秀樹の歴史を歩く「鎌倉幕府と北条時政」
- 出演:泉秀樹
J:COMの公式シリーズページでは、歴史上の人物や事件を作家の視点から扱う番組として紹介されています。編成の確認にはJ:COM BS公式番組表が利用できます。
よくある質問
北条時政は鎌倉幕府で何をしましたか?
頼朝の挙兵を支え、頼朝の死後に幕府政治へ強く関与し、初代執権となりました。
北条時政が鎌倉から退いた理由は?
1205年の牧氏事件をめぐり、北条政子・義時らと対立した後、出家して伊豆へ退きました。
番組はいつ放送されますか?
2026年9月27日(日)午前5時30分からJ:COM BSで放送予定です。
まとめ
北条時政は源頼朝の義父として挙兵を支え、頼朝の死後には初代執権として鎌倉幕府の政治を担った人物です。牧氏事件で退いた経緯まで追うことで、武家政権の権力が将軍家と北条氏の間でどのように変化したかを理解できます。

