「6日を遺す」原爆供養塔とは?吉川信晴住職と祈りの継承・放送時間【8月13日】|8/13 1:45
2026年8月13日(木)深夜、フジテレビで報道特別番組「6日を遺す ~原爆供養塔 祈りの継承~」が放送されます。時間は午前1時45分~2時45分です。
番組が見つめるのは、広島平和記念公園の一角にある原爆供養塔と、そこで80年以上続いてきた「毎月6日」の祈りです。中心人物は、呉市の白蓮寺住職だった吉川信晴(きっかわ・しんじょう)さん。父の思いを継ぎ、約60年にわたって月命日の供養を続けました。
吉川住職は2024年9月に87歳で急逝しました。しかし次の「6日」は待ってくれません。番組は、住職が守り続けた祈りが長男や地域の人々、別の寺院の僧侶へと受け継がれていく姿を通して、「記憶を遺す」とは何かを問いかけます。
この記事の要点
- フジテレビ放送は2026年8月13日(木)午前1時45分~2時45分
- 原爆供養塔には原爆犠牲者約7万柱の遺骨が安置されている
- 毎月6日の供養は1945年10月6日に始まり、80年以上受け継がれてきた
- 白蓮寺・吉川信晴住職は父の思いを継ぎ、約60年にわたり月供養を続けた
- 吉川住職は2024年9月に87歳で死去したが、祈りは新たな担い手へ継承されている
「6日を遺す」の放送はいつ?フジテレビは8月13日1時45分から
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 番組名 | 報道特別番組「6日を遺す ~原爆供養塔 祈りの継承~」 |
| 放送局 | フジテレビ |
| 放送日 | 2026年8月13日(木) |
| 放送時間 | 午前1時45分~2時45分 |
| 制作 | テレビ新広島(TSS) |
| 主な舞台 | 広島平和記念公園・原爆供養塔 |
制作局のテレビ新広島では、2026年8月6日(木)午前9時50分から放送されました。フジテレビでは1週間後の8月13日深夜に編成されています。
番組表では「広島で最も多くの原爆犠牲者が眠る原爆供養塔」「毎月6日に続く祈り」「それを受け継ぐ人々」が番組の柱として示されています。8月6日の式典そのものではなく、8月6日以外の11か月にも続けられてきた祈りに焦点を当てる点が大きな特徴です。
原爆供養塔とは?約7万柱の遺骨が眠る場所
原爆供養塔は、広島市中区の平和記念公園にある慰霊施設です。原爆ドームや原爆死没者慰霊碑とは別の場所で、芝生で覆われた盛り土の上に石造りの塔があり、その地下に納骨室があります。
広島市の公式資料によると、被爆直後、この付近にあった慈仙寺の境内は臨時の火葬場となりました。氏名や年齢すら分からない多くの遺体が運ばれ、火葬された場所です。
1946年には白蓮寺の吉川元晴さんらが中心となって広島市戦災死没者供養会を設立。各地に散在していた遺骨を集め、同年5月に仮の供養塔、7月に納骨堂と礼拝堂が設けられました。現在の原爆供養塔は、被爆10周年にあたる1955年7月に現在地へ建てられたものです。
2026年1月29日時点で、原爆供養塔には約7万柱の遺骨が安置されています。このうち氏名等が判明しているのは2,439柱。広島市は今も、名前が分かっていても遺族が判明していない遺骨の返還につながるよう調査を続けています。
吉川信晴住職とは?父から受け継いだ「毎月6日」の供養
番組の中心人物となる吉川信晴さんは、広島県呉市の白蓮寺住職です。FNNプライムオンラインでは読みを「きっかわ・しんじょう」と紹介しています。
毎月6日の供養を始めたのは、父・吉川元晴さんでした。原爆投下から2か月後の1945年10月6日、犠牲者の月命日として祈りをささげたのが始まりです。その後、元晴さんは遺骨の収集や供養会の設立にも尽力しました。
父の死後、大学生だった信晴さんがその思いを受け継ぎます。卒業後も呉市から広島市へ通い、雨の日も雪の日も、参列者が少ない日も供養を継続。約60年にわたり、原爆の日だけではなく「毎月6日」という時間を守り続けました。
吉川信晴住職はなぜ亡くなった?2024年9月の急逝と最後の月供養
吉川住職が最後に原爆供養塔で月供養を行ったのは、2024年9月6日でした。FNNの長期取材によると、その少し前には階段で意識を失い頭を打ったことを参加者に話していたといいます。
その13日後の2024年9月19日、吉川住職は自宅で亡くなりました。享年87歳。毎朝鳴らしていた寺の鐘が翌朝鳴らなかったことを近所の人が不審に思い、異変が分かったとされています。
ただ、住職が亡くなっても10月6日は訪れます。その日の月供養には、海外赴任中だった長男・信顕さんが初めて参加しました。番組タイトルの「遺す」には、人物の記録を残すだけでなく、日付と行為そのものを次の人へ手渡すという意味も重なって見えます。
祈りは誰に継承された?西應寺・平慈敬さんら新たな担い手
吉川住職の死後、毎月6日の供養が一人の後継者へそのまま引き継がれたわけではありません。長年、原爆供養塔を清掃し月供養に参加してきた人たちが、複数の寺院へ協力を呼びかけながら祈りをつないでいきました。
FNNの取材では、2025年1月6日に平和公園近くの西應寺の副住職・平慈敬さんが月供養に参加。その後も法要を続ける姿が紹介されています。つまり番組の「祈りの継承」は、血縁だけではなく、吉川住職の活動を知った地域の人々が新たに関わり始める過程でもあります。
被爆体験を直接語れる人が減るなか、記憶をどう次の世代へ渡すかは広島・長崎に共通する大きなテーマです。関連して、サイト内のNNNドキュメント「被爆者がいなくなる日」でも、若い世代が被爆の記憶をどう受け取るのかを整理しています。
なぜ「8月6日だけではない」のか|番組タイトル「6日を遺す」の意味
広島で「8月6日」といえば、午前8時15分の黙とうや平和記念式典が強く意識されます。しかし吉川住職が守ってきたのは、年に一度ではなく毎月6日の月命日でした。
大きな式典がない9月6日も、1月6日も、6月6日も同じように祈る。そうすることで、原爆犠牲者を「年に一度思い出す存在」にしないことが、月供養の大きな意味だったと考えられます。
2026年の広島平和記念式典の時間や黙とう、式次第については、関連記事広島平和記念式典2026は何時から?NHK放送・黙とう・式次第でまとめています。式典と月供養をあわせて知ると、広島の「8月6日」が一日だけで完結するものではないことが見えてきます。
2026年現在も遺骨の遺族探しは続いている
原爆供養塔は歴史的な慰霊施設であると同時に、現在も遺骨が安置され、遺族への返還が続く場所です。
| 2026年1月29日時点 | 広島市公表数 |
|---|---|
| 安置される遺骨 | 約7万柱 |
| 氏名等が判明している遺骨 | 2,439柱 |
| 遺族へ返還 | 1,002柱 |
| 永久安置 | 623柱 |
| 遺族が判明していない遺骨 | 814柱 |
2026年1月にも、寺院で保管されていた原爆死没者2人の遺骨が新たに原爆供養塔へ安置されました。「誰の遺骨なのか」「遺族に返せないか」という問題は、被爆から81年を迎えた今も終わっていません。
核兵器をめぐる現在の議論や被爆者・若者の声を扱う番組としては、サイト内のテレメンタリー「核を抱く星-VOICE-」も関連性が高い内容です。
見逃し配信はTVer・FODである?
放送前の公式番組案内では、TVerやFODなど具体的な見逃し配信先は明記されていません。報道特別番組は作品ごとに配信対応が異なるため、無料配信を探す場合はTVer、FODで「6日を遺す」と番組名検索する方法が確実です。
映像そのものではありませんが、FNNプライムオンラインにはテレビ新広島による長期取材記事があり、吉川住職の月供養、2024年9月の急逝、その後に祈りを受け継いだ人々まで詳しく紹介されています。番組を見逃した場合に背景を知る資料としても参考になります。
よくある質問
「6日を遺す」はいつ放送されますか?
フジテレビでは2026年8月13日(木)午前1時45分から2時45分まで放送予定です。制作したテレビ新広島では8月6日午前9時50分から放送されました。
原爆供養塔には何人の遺骨が納められていますか?
広島市によると、原爆供養塔には約7万柱の遺骨が安置されています。2026年1月29日時点で氏名等が判明している遺骨は2,439柱です。
吉川信晴住職はどんな人ですか?
呉市の白蓮寺住職で、父・吉川元晴さんの思いを継ぎ、広島平和記念公園の原爆供養塔で毎月6日の供養を約60年続けた僧侶です。読みは「きっかわ しんじょう」です。
吉川信晴住職の死後、月供養はどうなりましたか?
吉川住職は2024年9月に87歳で亡くなりましたが、月供養は途切れず、長男や供養に関わってきた人々、広島市内の僧侶らへと祈りが受け継がれています。
TVerやFODで見逃し配信されますか?
放送前の公式番組案内ではTVerやFODなど具体的な配信先は明記されていません。報道特番は作品ごとに配信対応が異なるため、各サービスで番組名を検索して確認するのが確実です。
まとめ|「6日」を守ることが、祈りの歴史を次へつなぐ
「6日を遺す ~原爆供養塔 祈りの継承~」は、約7万柱の遺骨が眠る原爆供養塔と、そこで80年以上続く月命日の祈りを見つめるドキュメンタリーです。
- 月供養は1945年10月6日に始まった
- 吉川信晴住職は父の思いを継ぎ、約60年にわたり毎月6日に供養した
- 2024年9月に住職が亡くなった後も、祈りは新たな担い手へつながった
- 2026年現在も、原爆供養塔に眠る遺骨の遺族探しは続いている
- フジテレビでは8月13日午前1時45分から放送される
年に一度の「原爆の日」だけではなく、毎月巡ってくる「6日」を守ること。その積み重ね自体が、犠牲者の存在と平和への願いを次の世代へ遺す営みなのだと分かります。
参考にした公式・一次情報
- 番組表.Gガイド「6日を遺す ~原爆供養塔 祈りの継承~」
- テレビ新広島「毎月6日 原爆供養塔に通い続ける呉の僧侶に密着」
- FNNプライムオンライン「8月6日だけではない『月命日』の祈り」
- 広島市「原爆供養塔ができるまで」
- 広島市「原爆死没者の遺骨を引き受けました」(2026年1月29日)

