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紹介された場所は長島愛生園と交流(むすび)の家|テレビ寺子屋・加藤登紀子11月8日|11/8 5:30

11月8日(日)5時30分からめんこいテレビで放送される「テレビ寺子屋」第2487回は、歌手の加藤登紀子さんが「『ま・さ・か』の出会い」をテーマに語る回です。

今回の話の中で場所として重要なのが、岡山県瀬戸内市の国立療養所長島愛生園と、奈良市の交流(むすび)の家です。どちらも加藤さんの夫・藤本敏夫さんと「知床旅情」をめぐる記憶につながる場所として登場します。この記事では、番組で語られた内容とあわせて、住所・アクセス・見学情報を整理します。

11月8日の放送情報

項目内容
放送日時2026年11月8日(日)5:30〜
放送局めんこいテレビ
番組テレビ寺子屋
回数第2487回
テーマ「ま・さ・か」の出会い
講師加藤登紀子
公式記載の会場テレビ静岡(静岡市)

テレビ静岡の公式バックナンバーでは、第2487回の講師を歌手・加藤登紀子さん、会場をテレビ静岡と記載しています。

講演の中心は、加藤さんが後に夫となる藤本敏夫さんと出会ったこと、藤本さんが別れ際に「知床旅情」を歌ったこと、そして長い年月を経て、その歌に込められた背景を知ることになった出来事です。

紹介された場所① 長島愛生園はどこ?

国立療養所長島愛生園は、岡山県瀬戸内市邑久町虫明にある国立のハンセン病療養所です。

加藤さんは2025年、岡山でのコンサートに合わせた番組収録のために長島愛生園を訪れました。そこで出会った男性から、かつて長島愛生園の入所者たちが奈良へ出向き、学生たちと一緒に「交流の家」を建てたこと、そして一日の終わりに「知床旅情」を歌っていたという話を聞きます。

長島愛生園の住所

厚生労働省の長島愛生園公式ページに掲載されている住所は次の通りです。

〒701-4592 岡山県瀬戸内市邑久町虫明6539番地

電話番号は代表で0869-25-0321です。

長島愛生園へのアクセス

車の場合は、岡山ブルーラインの虫明ICから標識に従い、邑久長島大橋、邑久光明園を経由して向かいます。公式案内では、虫明ICから愛生園まで約5km、所要時間は約10分です。

公共交通では、JR赤穂線で岡山駅から邑久駅へ移動し、そこから瀬戸内市営バスを利用する方法があります。公式案内では、邑久駅から長島愛生園までのバス所要時間は約47分です。

すべての便が愛生園まで入るわけではなく、途中の瀬溝止まりになる便もあるため、実際に訪れる場合は当日のバス時刻と行き先を確認しておくと安心です。

見学時間と休館日は?

長島愛生園の案内では、歴史館の開館時間は9:30〜16:00です。掲載されている閉館日は月曜日、金曜日、年末年始、夏期休館日で、見学には事前予約が必要と案内されています。

施設見学についても受け入れ日と時間が定められているため、観光施設のように自由に立ち寄るのではなく、事前に公式案内を確認して申し込むのが基本です。

療養所は現在も人が生活する場所です。歴史を学ぶ目的で訪れる場合も、園内のルールやプライバシーに配慮し、案内されている範囲で見学することが大切です。

紹介された場所② 奈良の交流(むすび)の家とは?

番組では、藤本敏夫さんが同志社大学1年生のころ、奈良でハンセン病回復者が自由に泊まれる「交流(むすび)の家」の建設に関わった話が紹介されます。

テレビ静岡公式では、藤本さんが所属するゼミの教授とともにこの施設を建てたこと、長島愛生園の人たちも奈良へ行き、学生たちと一緒にブロックを積んだことが語られています。

交流(むすび)の家の場所

ハンセン病制圧活動サイトLeprosy.jpでは、交流(むすび)の家を奈良市大倭町にあるハンセン病回復者のための宿泊施設と紹介しています。

NPO法人むすびの家の所在地として公開されている住所は奈良県奈良市大倭町22番地です。

一般の人が見学できる?

交流(むすび)の家は、一般の観光施設として常時公開されている場所ではありません。今回確認した範囲では、一般向けの通常開館時間や自由見学の案内は確認できませんでした。

そのため、建物を訪問先として考える場合は、現地で生活・活動する方への配慮を優先し、無断で敷地内に入ることは避けたほうがよいでしょう。

この場所の価値は、単なる建物としてではなく、1960年代に学生たちとハンセン病回復者が一緒に作り上げた交流の歴史にあります。番組を見たあとに背景を知るなら、長島愛生園側の資料や関連する記録をあわせて読むと理解しやすくなります。

なぜ長島愛生園と交流の家が「知床旅情」につながるのか

加藤さんと藤本さんが知り合ったのは1968年です。加藤さんはすでに歌手として活動しており、藤本さんは学生運動に関わっていました。

加藤さんによると、二人で食事をして話したあと、別れ際に藤本さんが空の下で歌ったのが「知床旅情」でした。加藤さんはその歌から強い印象を受け、これが自身と「知床旅情」との出会いになったと振り返っています。

その後、2025年に長島愛生園を訪れた際、かつて交流の家の建設に参加した人から、作業の一日の終わりにみんなで「知床旅情」を歌っていたという話を聞きました。

この話によって、加藤さんは長い年月を経て、藤本さんがなぜあの時「知床旅情」を歌ったのか、その背景につながる記憶を知ることになります。今回の放送で長島愛生園と交流の家が重要なのは、二つの場所が夫婦の出会いと歌の記憶を結び直す場所だからです。

収録会場のテレビ静岡とは別の「物語の場所」

テレビ寺子屋の公式ページでは、今回の会場はテレビ静岡(静岡市)と明記されています。

そのため、放送のスタジオ・講演会場を知りたい場合は、長島愛生園や交流の家ではなくテレビ静岡が該当します。一方、加藤さんが講演の中で語る重要な場所が長島愛生園と交流の家です。

同じ第2487回でも「どこで収録したのか」と「どの場所が話の中で紹介されたのか」は別です。収録場所と知床旅情の関係をまとめた既存記事ではテレビ静岡側を中心に紹介しています。

今回の講演内容そのものを詳しく知りたい方は、加藤登紀子「ま・さ・か」の出会いと藤本敏夫、知床旅情の関係をまとめた記事もあわせて読むと流れをつかみやすくなります。

長島愛生園を訪れる前に知っておきたいこと

長島愛生園は、日本のハンセン病政策と差別の歴史を伝える重要な場所です。現在も療養所としての役割を持つため、観光スポットと同じ感覚で立ち入るのではなく、見学制度を利用するのが基本です。

歴史館では資料を通して、療養所の歴史や入所者の生活、社会との関係を学べます。番組で語られた「交流の家」の話を知ったうえで見学すると、長島から奈良へ向かった人たちの行動がどれほど大きな意味を持っていたのかを考えるきっかけになります。

移動には時間がかかるため、公共交通で訪れる場合は帰りのバスまで確認しておくと安心です。開館日や見学条件は変更される可能性があるため、訪問前には長島愛生園の公式ページで最新情報を確認してください。

参考にした情報

よくある質問

テレビ寺子屋の加藤登紀子回で紹介される場所はどこですか?

講演の中で重要な場所として、岡山県瀬戸内市の長島愛生園と、奈良市大倭町の交流(むすび)の家が登場します。

長島愛生園は一般の人も見学できますか?

歴史館などの見学制度があります。公式案内では事前予約が必要とされているため、訪問前に長島愛生園の公式ページで開館日と予約方法を確認してください。

交流(むすび)の家には自由に入れますか?

一般の観光施設としての常時公開や通常の見学時間は、今回確認した情報では案内されていません。無断で敷地内に入らず、施設の役割とプライバシーに配慮するのが大切です。

まとめ

11月8日放送の「テレビ寺子屋」第2487回「『ま・さ・か』の出会い」では、加藤登紀子さんが夫・藤本敏夫さんとの出会いと「知床旅情」にまつわる記憶を語ります。

その物語をつなぐ場所が、岡山県瀬戸内市の長島愛生園と、奈良市の交流(むすび)の家です。長島愛生園は見学制度があり、住所や公共交通でのアクセスも公式に案内されています。一方、交流の家は一般観光施設ではないため、自由見学を前提に訪れる場所ではありません。

収録会場のテレビ静岡とは別に、講演の内容を深く理解するための「物語の場所」として、この2か所を知っておくと、加藤さんが語る「ま・さ・か」の出会いと「知床旅情」の意味がより伝わりやすくなります。

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