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時をかけるテレビ宇野重吉「旅公演2万キロ」の場所は?内子座・神戸・浦添など巡業地をたどる|10/9 22:30

10月9日(金)22時30分からNHK総合で放送される「時をかけるテレビ 今こそ見たい!この1本」は、1987年のNHK特集「舞台・いのちの限り〜宇野重吉・旅公演2万キロ〜」を取り上げます。

宇野重吉さんは72歳で一座を率い、全国の町や村へ芝居を届ける巡業を続けました。番組では肺がんの手術後も舞台へ戻り、酸素ボンベの助けを借りながら演じ続けた姿が紹介され、ゲストの寺尾聰さんが父について語ります。

「2万キロとは実際にどこを回ったのか」「今も訪ねられる場所はあるのか」が気になる方に向けて、確認できる巡業地や劇場を中心に整理します。なお、全115市町村の完全な会場一覧は今回確認できなかったため、史料で裏づけできる場所だけを掲載しています。

10月9日の放送日時と出演者

項目内容
放送日時2026年10月9日(金)22:30〜23:30
放送局NHK総合
番組時をかけるテレビ 今こそ見たい!この1本
題材舞台・いのちの限り〜宇野重吉・旅公演2万キロ〜
司会池上彰
ゲスト寺尾聰

劇団民藝の公式サイトでは、日色ともゑさんが出演したNHK特集「舞台・いのちの限り〜宇野重吉・旅公演2万キロ〜」が、この日の22時30分から「時をかけるテレビ」枠で放送されると告知されています。

池上彰さんについては、池上彰さんのプロフィールでも経歴や出演番組をまとめています。

宇野重吉の旅公演2万キロとは?

今回取り上げられるのは、宇野重吉さんが一座を率いて全国を巡った晩年の旅公演です。Gガイドの番組情報では、宇野さんは72歳で全国2万キロを巡り、町や村の人々に直接舞台を届けるという長年の夢を実現しようとしていたと紹介されています。

上演作品の一つが木下順二作の「三年寝太郎」です。EPADの作品データベースでは、宇野重吉一座が「三年寝太郎」などを携え、1986年9月から1987年10月にかけて全国の市町村を巡演したことが記録されています。

この旅の途中で宇野さんは肺がんの手術を受けました。左肺の半分を失った後も舞台へ復帰し、舞台袖では酸素ボンベを使いながら演じたという内容が今回の番組紹介に記されています。

旅公演ではどこを巡った?確認できる主な地域

後年まとめられた神戸の演劇史料には、宇野重吉一座の第一次巡業が高萩、横浜、町田、厚木、栃木を経て、岡山、広島、四国、兵庫、大阪へ向かい、20の市町村を巡ったことが記されています。

さらに第二次から第五次まで巡業を重ね、1987年10月10日の沖縄県浦添市での公演までに115の町・村を巡ったとされています。

つまり「2万キロ」は単に大都市の劇場を回ったツアーではなく、地方の町や村へ芝居を届けること自体が目的だった旅です。今回の番組を見る際も、宇野さんの病状だけでなく「なぜそこまでして地方へ出向いたのか」という点が大きな見どころになります。

内子座は宇野重吉一座が実際に立った芝居小屋

現在も場所がはっきり確認でき、旅公演の足跡をたどりやすい場所の一つが、愛媛県喜多郡内子町の内子座です。

自治体労働組合総連合の紹介記事では、宇野重吉一座が1986年に内子座で「おんにょろ盛衰記」と「三年寝太郎」を上演したと紹介されています。

内子座は1916年に建てられた芝居小屋で、回り舞台や花道、枡席を備えています。内子町公式によると、1985年に劇場として再出発し、長く町の文化拠点として使われてきました。

内子座の場所と現在の見学状況

内子座の所在地は愛媛県喜多郡内子町内子2102番地です。

ただし、内子町公式によると2024年9月から保存修理工事のため長期休館中です。2026年10月時点では建物内部を通常見学することはできませんが、裏手の「内子座楽屋」が一般公開され、内子座の舞台に立った人々が残したサインなどを見ることができます。

宇野重吉一座の巡演が行われた芝居小屋そのものを訪ねたい人にとって、内子座は特に分かりやすい場所です。工事中である点を踏まえ、現地へ行く前に内子町公式の最新案内を確認すると安心です。

神戸も旅公演の重要な足跡

神戸の演劇史料では、宇野重吉一座の第四次巡業の最後の公演が神戸だったと記されています。

その背景として、宇野さんは1987年3月に肺がんの手術を受け、同年6月には稽古へ戻り、大阪から巡業を再開したとされています。病後の旅公演を見届けるため、劇団民藝の滝沢修さんが神戸まで観劇に訪れたという記録も残ります。

神戸は今回の2万キロ巡業を考えるうえで、単なる通過地ではありません。手術後も舞台に戻った宇野さんの姿を同時代の仲間が見届けた場所として意味を持っています。

番組内で神戸のどの会場映像が使われるかまでは放送前に確認できていません。そのため、現地の特定会場を今回のロケ地として断定するのは避けます。

最終期の巡業は沖縄県浦添市まで続いた

同じ史料によると、第二次、第三次、第四次、第五次と巡業を重ね、1987年10月10日の沖縄県浦添市市民会館公演まで115の町・村を巡ったとされています。

現在の浦添市には「アイム・ユニバース てだこホール」があり、所在地は沖縄県浦添市仲間1丁目9番3号です。ただし、1987年当時の「浦添市市民会館」と現在のてだこホールを同一施設として扱うことはできません。

旅の終盤が沖縄まで及んだという地理的な広がりを見るだけでも、2万キロという数字の重みが伝わります。高萩や横浜から始まり、中国・四国・関西を経て、最終期には沖縄へ向かう巡業だったことが確認できます。

「三年寝太郎」はどんな舞台だった?

EPADでは、「三年寝太郎」は木下順二・宇野重吉コンビによる民話劇と紹介されています。「おんにょろ盛衰記」との二本立てで、宇野重吉一座ののぼりを掲げ全国を巡演しました。

今回の番組で重要なのは、作品そのものだけでなく、どこで、誰に向けて演じるかという宇野さんの考えです。大都市の大劇場だけではなく、普段は本格的な演劇に触れる機会が少ない町や村へ自分たちから出向く。それが旅公演の大きな意味でした。

内子座のような地域の芝居小屋で上演された事実を見ると、映像に登場する各地の舞台が「移動の記録」ではなく、観客との距離を縮めるための選択だったことが分かります。

寺尾聰が語る父・宇野重吉にも注目

今回の「時をかけるテレビ」では、寺尾聰さんがゲストとして出演します。番組紹介では、命を燃やして演技を続けた父について語るとされています。

宇野重吉さんは昭和を代表する俳優・演出家として知られますが、寺尾さんにとっては父親です。旅公演と病気を同時に追った1987年の映像に、家族の視点が加わることで、単なる名優の記録とは違う見え方になりそうです。

また、宇野重吉さんについては当サイトの映画「蜘蛛の街」での宇野重吉の記事でも出演作を取り上げています。

参考にした情報

よくある質問

宇野重吉の旅公演2万キロはどこを巡りましたか?

確認できる史料では、高萩、横浜、町田、厚木、栃木、岡山、広島、四国、兵庫、大阪などを巡り、その後も巡業を重ねて沖縄県浦添市まで115の町・村を訪れたとされています。

今も宇野重吉一座の公演場所を訪ねられますか?

代表的な場所の一つが愛媛県内子町の内子座です。宇野重吉一座が1986年に公演した記録があり、現在は保存修理工事で長期休館中ですが、裏手の内子座楽屋が一般公開されています。

10月9日の「時をかけるテレビ」のゲストは誰ですか?

寺尾聰さんです。父・宇野重吉さんが命を燃やして旅公演を続けた姿について語ることが番組情報で案内されています。

まとめ

10月9日放送の「時をかけるテレビ」は、宇野重吉さんが晩年に続けた全国2万キロの旅公演を記録した1987年のNHK特集を取り上げます。

確認できる巡業地は高萩、横浜、町田、厚木、栃木、岡山、広島、四国、兵庫、大阪、神戸、沖縄県浦添市などに広がり、最終的には115の町・村を巡ったとされています。現在も足跡をたどりやすい場所としては、1986年に公演した愛媛県の内子座があります。

番組を見る際は、肺がん手術後も舞台へ戻った宇野さんの姿だけでなく、都市から地方へ自ら芝居を届け続けた「旅そのもの」に注目すると、2万キロという数字の意味がより伝わってきます。

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