TV

  • HOME
  • ブログ
  • TV
  • 関口宏の一番新しい近現代史10月10日|サンフランシスコ平和条約とマッカーサー解任を整理|10/10 12:00

関口宏の一番新しい近現代史10月10日|サンフランシスコ平和条約とマッカーサー解任を整理|10/10 12:00

10月10日(土)12時からBS-TBS/BS-TBS 4Kで放送される「関口宏の一番新しい近現代史」は、1951年のサンフランシスコ平和条約を軸に、日本が占領期から独立回復へ進む転換点をたどる回です。

今回の大きなポイントは、講和条約だけではありません。同じ1951年に旧日米安全保障条約が結ばれ、朝鮮戦争をめぐる対立の中でダグラス・マッカーサーが解任されました。日本の戦後体制が大きく組み替わった時期を、国際情勢とあわせて見る内容になっています。

10月10日の放送日時と出演者

項目内容
放送日時2026年10月10日(土)12:00〜12:54
放送局BS-TBS/BS-TBS 4K
番組関口宏の一番新しい近現代史
主なテーマサンフランシスコ平和条約、旧日米安全保障条約、マッカーサー解任、日本の独立回復
出演関口宏、小泉悠、岩間陽子

BS-TBSの公式番組ページでは、関口宏さんに加え、軍事アナリストの小泉悠さん、国際政治学者の岩間陽子さんが出演者として案内されています。番組は明治維新以降の日本を、欧米やアジアの動きも交えながら見ていくシリーズです。

司会の関口宏さんについては、現在の出演番組や活動をまとめた関口宏の現在と2026年の活動記事もあります。歴史番組を長く担当してきた関口さんの現在の仕事をあわせて知りたい方は参考になります。

サンフランシスコ平和条約は何が変わった?

今回の中心となるのが、1951年9月8日に署名されたサンフランシスコ平和条約です。外務省外交史料館によると、日本を含む49か国が署名し、1952年4月28日に発効しました。

第二次世界大戦後、日本は連合国軍の占領下に置かれていました。平和条約の発効は、その占領期が終わり、日本が独立国として主権を回復する大きな節目にあたります。番組では1951年の講和会議だけでなく、翌1952年の発効までをつなげて扱うため、「条約に署名した日」と「日本が独立を回復した日」が別である点も押さえておきたいところです。

外務省の資料では、1951年1月から日本とアメリカの間で講和と安全保障をめぐる協議が進められ、吉田茂首相とジョン・フォスター・ダレス特使の会談を経て、平和条約と安全保障条約の枠組みが固まっていったことが示されています。

つまり今回の放送は、単に「戦争が終わった条約」を振り返る回ではなく、戦後日本がどのような国際的立場で再出発することになったのかを見る回と考えると分かりやすいです。

日米安全保障条約も同じ日に署名

サンフランシスコ平和条約が署名された1951年9月8日には、旧日米安全保障条約も署名されました。外務省外交史料館の展示解説では、平和条約の署名と同じ日の午後、米軍施設内で安全保障条約の署名式が行われたとされています。

日本側は吉田茂首相、アメリカ側はディーン・アチソン国務長官やダレス特使らが署名しました。旧安保条約では、アメリカが日本国内に米軍を配備する権利が規定されました。

このため、日本の独立回復は「占領が終わってすべてが戦前の状態に戻った」という単純なものではありません。平和条約によって主権を回復する一方で、安全保障面ではアメリカとの関係を軸にした新しい枠組みが始まります。

番組表では、平和条約と日米安全保障条約の発効によって、日本が国際社会に復帰し、西側諸国の一員として位置づけられていく流れが紹介されています。現在の日米関係につながる出発点を知るうえでも重要な場面です。

マッカーサーはなぜ解任された?

今回もう一つの大きなテーマが、ダグラス・マッカーサーの解任です。番組表では、朝鮮戦争の戦略をめぐってマッカーサー国連軍司令官とトルーマン米大統領の意見が対立し、マッカーサーがGHQ最高司令官と国連軍司令官を解任された流れが扱われます。

日本ではGHQの最高司令官として知られるマッカーサーですが、当時は朝鮮戦争の国連軍司令官でもありました。日本の占領政策と朝鮮半島での戦争が、同じ人物を通じてつながっていた時期です。

前回10月3日の放送では、朝鮮戦争、警察予備隊、日本特別掃海隊などが中心テーマでした。詳しくは関口宏の一番新しい近現代史10月3日・朝鮮戦争回で整理しています。

前回の朝鮮戦争から今回の講和条約へ続けて見ると、日本の再軍備をめぐる議論、安全保障体制、独立回復が別々の出来事ではなく、冷戦下の東アジア情勢の中で同時進行していたことが見えやすくなります。

日本の独立回復は1952年4月28日

サンフランシスコ平和条約は1951年9月に署名されましたが、発効したのは1952年4月28日です。外務省は、この発効によって日本が独立国として完全な主権を回復したと説明しています。

番組表でも、日本が約6年8か月ぶりに独立を回復し、国際社会へ復帰したことが今回の到達点として示されています。同時に旧日米安全保障条約も発効し、戦後日本の外交・安全保障の基本形が動き出しました。

放送を見る際は、「1951年9月8日=署名」「1952年4月28日=発効と独立回復」と分けて覚えておくと、時系列が整理しやすくなります。

前回10月3日は朝鮮戦争と警察予備隊

前回の10月3日放送は、1950年前後の朝鮮戦争と日本の対応が中心でした。警察予備隊の創設や、日本特別掃海隊が朝鮮戦争に関わった経緯など、敗戦直後の「非軍事化」から安全保障環境が変化していく過程が扱われました。

今回の10月10日放送は、その続きとして1951年の講和交渉へ進みます。前回が「朝鮮戦争で日本を取り巻く安全保障環境がどう変わったか」を見る回なら、今回は「その変化が講和と日米関係の形にどう結びついたか」を見る回です。

時代が連続しているため、前回記事を先に読んでおくと、なぜ講和交渉と安全保障がセットで進んだのか理解しやすくなります。

参考にした情報

よくある質問

サンフランシスコ平和条約はいつ署名されましたか?

1951年9月8日にサンフランシスコで署名されました。発効は1952年4月28日で、この日に日本は独立国として主権を回復しました。

日米安全保障条約も同じ日に結ばれたのですか?

はい。旧日米安全保障条約も1951年9月8日に署名され、平和条約と同じ1952年4月28日に発効しました。

10月10日放送の出演者は誰ですか?

BS-TBS公式ページでは、関口宏さん、小泉悠さん、岩間陽子さんがキャストとして案内されています。

まとめ

10月10日の「関口宏の一番新しい近現代史」は、サンフランシスコ平和条約、旧日米安全保障条約、マッカーサー解任、日本の独立回復という1951〜1952年の大きな転換を一続きで見る回です。

前回の朝鮮戦争回からつなげると、冷戦の拡大によって日本の安全保障環境が変わり、その中で講和と日米同盟の原型が形づくられていった流れが見えてきます。1951年9月8日の署名と1952年4月28日の発効という二つの日付を意識すると、今回の内容を整理しやすくなります。

このテーマの関連記事はこちら