ポツンと一軒家11月4日再放送|新潟の手づくり村 相川と集団移転の理由【2026年14:45】|11/4 14:45
2026年11月4日(水)14時45分から、さんいん中央テレビで「ポツンと一軒家」が再放送されます。
今回紹介されるのは、新潟県の山間地域に残された「手づくり村 相川」です。かつて集団移転によって人がいなくなった集落跡地に、元住民や仲間たちが集まる場所が生まれた経緯をたどります。
ポツンと一軒家11月4日の放送日時と出演者
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年11月4日(水)14:45から |
| 放送局 | さんいん中央テレビ1(TSK) |
| 放送形態 | 再放送 |
| 番組名 | ポツンと一軒家 |
| MC | 所ジョージ |
| パネラー | 林修 |
| ゲスト | 久保田磨希、陣内貴美子 |
| 元の放送日 | 2025年11月16日(日) |
TSKの週間番組表では、11月4日(水)14時45分の枠に、新潟県の山間地域に残された「手づくり村」を紹介する回が再放送として掲載されています。
このエピソードは、2025年11月16日にABCテレビ・テレビ朝日系列で放送された回です。テレ朝POSTの番組紹介にも、ゲストとして久保田磨希さんと陣内貴美子さんの名前が掲載されています。
前回(2025年11月16日)の放送内容
今回の再放送は、2025年11月16日に初回放送された新潟県の回です。衛星写真で見つけた建物の持ち主を探すものの、最寄りの集落では「今は誰も住んでいない」と聞かされ、捜索は簡単には進みませんでした。
山を迂回した先で出会った運転手の案内によって「手づくり村 相川」にたどり着き、さらに元住民を訪ねたことで、廃村後も人々が集まる場所になった経緯が明らかになります。
新潟県の手づくり村 相川はどこ?
今回の舞台は、新潟県にある山ノ相川と呼ばれる集落の跡地です。番組で捜索隊がたどり着いた場所には「奥山の楽園 手づくり村 相川」という手書きの看板がありました。
衛星写真には、整えられた耕作地と建物が写っていました。しかし、近くの集落で聞き込みを始めると、そこはかつて人が暮らしていたものの、すでに住民がいなくなった場所だと分かります。
最初に話を聞いた道路工事中の男性からは、昔は50軒ほどの家があったものの、今は誰も住んでいないはずだと教えられます。一方、別の女性からは、廃村後に小屋を建て、年に何度か集まっている人たちがいるという情報も寄せられました。
目的地へ向かう道は、最寄りの集落から直接つながっていません。山を迂回して反対側から向かう必要があり、捜索隊は人の気配が少ない山道を進むことになります。
そこで出会った対向車の運転手が、衛星写真を見て場所を案内してくれたことで、ようやく「手づくり村 相川」に到着しました。ただ、建物がある場所に着いただけでは所有者が分からず、捜索隊はさらに情報を集めることになります。
なぜ山ノ相川の住民は集団移転した?
山ノ相川の集落がなくなった大きな理由は、冬の厳しい豪雪でした。ABCマガジンによると、最も多い時期には42世帯、300人以上が暮らしていましたが、冬には5メートルもの雪が積もり、外の地域と行き来できなくなるほど孤立していました。
買い物に出ることも難しく、急病人が出ても病院へ運べないという深刻な問題がありました。住民が少しずつ減っていくなか、最後に残った10軒も麓へ移ることになり、昭和48年(1973年)に集落は廃村となりました。
番組の捜索では、現在の所有者を探すために、かつての住民が移り住んだ団地にも足を運びます。山の上に残された建物だけを見ても、そこにどんな人が関わっているのかは分かりません。
元住民との出会いが、手づくり村の背景を知る手掛かりになっていきます。
手づくり村 相川はどのように生まれた?
「手づくり村 相川」は、廃村になった山ノ相川の土地を使い、元住民の男性が仲間に声をかけたことから始まりました。ABCマガジンの記事では、発起人が「みんなで山遊びをしないか」と呼びかけたことが紹介されています。
その呼びかけに応えたのが、もう一人の中心人物となる村長です。新潟に戻ってきた元商社マンで、発起人が仕事で知り合った相手でした。
集落の出身者ではありませんでしたが、山で仲間と過ごす場所をつくるという考えに共感し、活動を一緒に進めていきました。
村が始まったのは平成20年(2008年)です。最初は20人ほどで始まり、その半数ほどが元住民だったといいます。
活動が知られるようになると、四季折々の行事に多いときで70人ほどが集まる場所になりました。
現在の固定メンバーは10人ほどです。参加する人が減っても、季節ごとに集まる場として続いています。
住むための集落ではなく、かつての故郷や仲間とのつながりを確かめられる場所として、新しい役割を持つようになりました。
木製電柱などの古材を使った建物
手づくり村の建物には、発起人が大工として身につけた技術が生かされています。木製電柱など、使われなくなった材料を再利用して建物をつくり、村長がそこに遊び心のあるアイデアを加えていきました。
何もない山の中に新しい建物を一からそろえるのではなく、手に入る材料を生かして少しずつ場所を整えてきたことも、この村の特徴です。二人の信頼関係を中心に、元住民や地域の仲間が加わり、山の中に人が集まれる場所が育っていきました。
芋煮会で集まる人々の交流とは?
番組では、手づくり村を再訪したときに開かれていた秋の芋煮会も紹介されました。メンバーはまず畑へ向かい、自分たちで育てた里芋や大根を収穫します。
野菜を洗い、大きな鍋で芋煮をつくり、それぞれが持ち寄った料理と一緒に食卓を囲みました。
ABCマガジンの記事では、参加者がこの場所を「唯一集まれる場」と感じていることや、高齢になって普段は集まる機会が少ないなかで、山に来ることを楽しみにしている様子が伝えられています。
かつての集落に住んでいた人たちが、同じ場所に戻って一緒に食事をする。そこには、建物を残すだけでは生まれない、人と人とのつながりがあります。
廃村になった場所が、元住民や仲間たちにとって新たな居場所になっている点が、この回の大きな見どころです。衛星写真に写った建物の持ち主を探すところから始まった捜索は、最後には村をつくった人たちの思いと、現在の交流を知る展開につながります。
所ジョージ・林修とゲストについて
番組のMCは所ジョージさん、パネラーは林修さんです。今回のゲストは、俳優の久保田磨希さんと、元バドミントン選手でタレントの陣内貴美子さんです。
テレ朝POSTの放送前紹介では、陣内さんが田舎育ちで番組に親しみを感じていること、久保田さんが家族で番組を見ていることにも触れられていました。人里離れた場所で暮らす人々の人生や、捜索隊との会話を楽しみにしているゲストが、手づくり村の物語をどう受け止めるのかも見どころです。
所ジョージさんの経歴や代表作は所ジョージのプロフィール、林修さんについては林修のプロフィールでも紹介しています。
また、別の地域で出会った家族の暮らしや、その後の変化を扱ったポツンと一軒家・高知3姉弟の家のその後も、番組の人間ドラマを振り返りたい方におすすめです。
見逃し配信と視聴方法
11月4日の再放送は、さんいん中央テレビ1で14時45分から放送される予定です。島根・鳥取エリアでTSKを視聴できる方は、地上波の番組表で確認できます。
元の2025年11月16日放送回については、ABCマガジンの記事でTVerの無料見逃し配信が案内されていました。ただし、今回のTSKによる再放送分が同じ形で配信されるかどうかは確認できていません。
配信を利用する場合は、TVer内の番組ページで対象エピソードを確認してください。
参考にした情報
- TSKさんいん中央テレビ公式「週間番組表」
- テレ朝POST「『ポツンと一軒家』聞き込みでは『誰も住んでいないはず…』」
- ABCマガジン「『ずーーっと『ポツンと一軒家』が来るのを待っていた!』という消滅集落に集う謎の集団を捜索」
- 朝日放送テレビ「ポツンと一軒家」番組公式サイト
- MANTANWEB「50軒あった山の集落が廃村に 跡地に残された手づくり村とは」
よくある質問
11月4日のポツンと一軒家は何時からですか?
2026年11月4日(水)14時45分から、さんいん中央テレビ1で再放送されます。
手づくり村 相川はどこにありますか?
新潟県の山ノ相川と呼ばれる集落の跡地にあります。一般向けの正確な住所や訪問方法は、公式記事では案内されていません。
集団移転した理由は何ですか?
冬の豪雪で集落が孤立し、買い物や急病時の搬送が難しくなったことが大きな理由です。最後に残った住民も麓へ移り、昭和48年に廃村となりました。
まとめ
2026年11月4日(水)14時45分からTSKで再放送される「ポツンと一軒家」は、新潟県の山ノ相川に残された「手づくり村 相川」を紹介する回です。
豪雪によって集団移転した集落跡地に、元住民と仲間たちが山遊びの場所をつくり、古材を生かした建物や芋煮会を通じて交流を続けています。廃村の歴史だけでなく、場所を受け継ぎ、人が集まる居場所へと変えてきた人々の物語にも注目です。

