濡れた壷はどんな映画?あらすじ・谷ナオミ×小沼勝の見どころ|9月5日WOWOWプラス|9/5 2:50
2026年9月5日(土)午前2:50からWOWOWプラスで放送される『濡れた壷 [R15+指定版]』。1976年に日活が製作・配給した小沼勝監督作で、谷ナオミが新宿のスナックを切り盛りする亜紀を演じます。
日活公式作品ページを実際に確認すると、本作は緊縛そのものではなく、「視線」を通じた心理的な官能を前面に出した作品として紹介されています。放送前に知りたいあらすじ、キャスト、監督、作品の特徴を、露骨な描写を避けて整理します。
『濡れた壷』9月5日のWOWOWプラス放送情報
| 放送日時 | 2026年9月5日(土)2:50〜4:05 |
|---|---|
| 放送局 | WOWOWプラス |
| 区分 | R15+指定版 |
| 制作年・国 | 1976年/日本 |
| 上映時間 | 日活公式69分 |
| 監督 | 小沼勝 |
| 主演 | 谷ナオミ |
WOWOWプラスの個別公式ページは今回の検索で直接取得できませんでしたが、放送予定はスカパー!のWOWOWプラス番組表で9月5日2:50〜4:05と確認できます。作品内容は日活公式作品ページとWOWOWオンラインの作品ページで照合しています。
あらすじ|スナックのマダム亜紀と家族のねじれ
主人公の亜紀は、競馬好きの父と浪人生の弟の面倒を見ながら、新宿でスナックを営んでいます。そこへ、以前に亜紀の夫と姿を消した母・梅子が突然戻ってきます。
母娘の関係がただでさえ複雑な中、亜紀は店の常連客・花松が経営するマネキン工場を訪れ、そこで思いもよらない出来事に遭遇します。物語は家族のわだかまりと、亜紀に向けられる他者の視線を重ねながら進みます。
タイトルの「壷」と視線のエロティシズム
日活公式は本作を「視姦」をテーマにした作品として紹介しており、小沼勝監督が直接的な拘束よりも「見られること」「見てしまうこと」の心理に踏み込んだ点が特徴です。
裸のマネキンや店の客たちの視線は、亜紀の孤独や欲望を映す装置として働きます。タイトルの印象だけで刺激の強さを想像するより、人に見られることで自意識が揺れ動く心理劇として見ると、小沼作品らしい異様な緊張感が分かりやすくなります。
キャスト|谷ナオミと小沼勝監督の組み合わせ
主演は谷ナオミ。日活公式には、水乃麻希、立花りえ、内藤杏子、井上博一、田中小実昌、藤ひろ子らの出演が掲載されています。監督は小沼勝、脚本は宮下教雄です。
谷ナオミと小沼勝監督は、日活ロマンポルノを代表する組み合わせの一つです。日活公式の後年の対談でも、小沼監督と谷ナオミが複数作品で組んだことが語られており、本作はそのコンビの表現を知るうえでも重要な一本です。
1976年の日活ロマンポルノとして見るポイント
本作は1976年3月19日公開。日活公式によるとカラー69分、ワイドサイズの作品です。当時のロマンポルノは成人向け作品でありながら、監督や脚本家が独自の演出やテーマを持ち込む場でもありました。
『濡れた壷』では、身体的な刺激だけでなく、家庭の崩れや孤独、見る側と見られる側の関係がドラマの軸になっています。R15+指定版のテレビ放送では、こうした心理面を追うと作品の時代性と演出意図が見えやすくなります。
WOWOWプラスで見るときの注意
今回の放送局はWOWOWプラスです。WOWOWプライム・WOWOWライブ・WOWOWシネマとは別のチャンネルで、視聴方法は契約しているテレビサービスによって異なります。
同じWOWOWプラスの映画を探す場合は、キニナルの『トランスポーター2』放送記事や、『エクスペンダブルズ』一挙放送記事も参考になります。ジャンルは異なりますが、WOWOWプラスの映画編成を追う入口として使えます。
よくある質問
『濡れた壷』は9月5日の何時から?
2026年9月5日(土)午前2:50から4:05までWOWOWプラスで放送予定です。
主演は誰?
谷ナオミが主人公・亜紀を演じます。日活公式には水乃麻希、立花りえ、内藤杏子、井上博一、田中小実昌、藤ひろ子らも掲載されています。
監督は誰?
小沼勝監督です。脚本は宮下教雄、製作年は1976年です。
どんな映画?
新宿でスナックを営む亜紀を中心に、家族関係と男たちの視線が絡み合う官能ドラマです。
まとめ|『濡れた壷』は「見る/見られる」を心理劇にした小沼勝監督作
『濡れた壷 [R15+指定版]』は、2026年9月5日(土)2:50〜4:05にWOWOWプラスで放送予定です。1976年の日活作品で、小沼勝監督、谷ナオミ主演。新宿のスナックを営む亜紀の家族関係と、周囲から向けられる視線が物語の核になります。
日活公式が強調しているのは、直接的な拘束描写ではなく「視線のエロティシズム」です。成人向け作品という枠だけでなく、亜紀の孤独や自意識が他者の視線によって揺らぐ心理劇として見ると、本作ならではの演出がつかみやすくなります。

