映画『望み』規士は犯人?被害者?結末と家族の“望み”をネタバレ解説|9/24 WOWOW|9/24 10:00
2026年9月24日(木)午前10時からWOWOWシネマで映画『望み』が放送されます。雫井脩介の同名小説を堤幸彦監督が映画化し、堤真一、石田ゆり子、水上恒司、清原果耶らが家族を演じるミステリーです。
最大の焦点は、失踪した長男・規士が「殺人事件の加害者なのか、それとも被害者なのか」。その二択が父と母に正反対の“望み”を抱かせます。以下は結末まで触れるため、未見の方はご注意ください。
『望み』9月24日の放送時間とキャスト
| 放送日時 | 2026年9月24日(木)10:00~ |
|---|---|
| 放送局 | WOWOWシネマ |
| 制作年 | 2020年 |
| 内容時間 | 109分 |
| 監督 | 堤幸彦 |
| 原作 | 雫井脩介 |
| 主な出演 | 堤真一、石田ゆり子、水上恒司、清原果耶、市毛良枝、松田翔太、竜雷太 |
WOWOW公式では、一級建築士の石川一登と妻・貴代美、長男・規士、娘・雅の家族が紹介されています。規士が家を出たまま連絡を絶ち、翌日に規士の仲間の少年が遺体で発見されたことで、石川家の日常が崩れていきます。
規士は犯人なのか被害者なのか?家族を割る二つの可能性
事件では少年グループ内のトラブルが疑われ、行方不明の規士にも疑いが向けられます。世間から見れば「逃げている犯人」の可能性がある一方、家族にとってはもう一人の被害者として命を落としている可能性も消せません。
父・一登は、息子が殺人犯であってほしくないという思いから無実を強く願います。一方、母・貴代美は、罪を犯していたとしても生きていてほしいと願います。どちらも息子を思う気持ちなのに、望む結末が正反対になることが本作の痛みです。
結末ネタバレ|規士に何があった?
最終的に明らかになるのは、規士は殺人の加害者ではなく、事件の被害者だったという事実です。規士は友人を助けようとした側で、家族が恐れていた「殺人犯として逃亡している」という疑いは覆ります。
しかし、それは父が願った「息子は犯人ではない」という望みが、息子の死という最もつらい形でかなったことを意味します。母が願った「たとえ罪を犯していても生きていてほしい」という望みは届きません。タイトルの『望み』は、正解のない二択を突きつけられた家族の切実さそのものです。
なぜ家族は追い詰められた?マスコミとネットの描写
WOWOW公式が見どころとして挙げるのが、事件への関与が確定していない段階から、家族がマスコミやネットの誹謗中傷にさらされる点です。事実が分からない空白を、周囲が憶測で埋めていくことで、家族は自宅や仕事、学校で逃げ場を失っていきます。
本作は犯人当てだけでなく、「疑われた家族がどう扱われるのか」を描く社会派ドラマでもあります。事件の真相が判明した後に周囲の態度がどう変化するかも、公式が注目点として示しています。
父・一登と母・貴代美の“望み”は何が違う?
一登の願いは、規士の無実です。建築士として築いてきた信用や家族の将来も揺らぐ中で、息子が人を殺したとは信じたくない。その思いが「被害者であってほしい」という残酷な方向へ近づいていきます。
貴代美は母として、規士が生きて戻ることを最優先します。加害者なら罪を償えばいい、まず生きていてほしい。この対比によって、同じ子を思う父母の愛情が互いを傷つけるほどねじれていきます。
WOWOWで見る前に押さえたい出演者と作品の位置づけ
規士を演じるのは水上恒司、妹の雅を清原果耶が演じます。家族の外側では、松田翔太、市毛良枝、竜雷太らが物語に加わり、家族を支える立場と社会の視線の両方を立体化します。
同じWOWOWの邦画・家族ドラマを続けて探すなら、当サイトの映画『八日目の蝉』のあらすじ・キャスト解説も参考になります。親子・家族というテーマを別方向から描いた作品です。
【映画・スポーツ・海外ドラマみるなら】WOWOW オンデマンドよくある質問(FAQ)
映画『望み』は9月24日の何時から?
WOWOWシネマで2026年9月24日(木)午前10時から放送予定です。
規士は殺人犯だった?
結末では、規士は殺人の加害者ではなく被害者だったことが明らかになります。
タイトル『望み』の意味は?
父は息子の無実を、母はたとえ罪を犯していても生存を願い、どちらを望んでも苦しみが残る家族の葛藤を表しています。
まとめ|『望み』の真相は「無実」と「生存」が両立しない残酷さ
『望み』は、失踪した規士が加害者か被害者か分からない状態で家族が分断され、さらに社会の憶測に追い詰められていく物語です。結末では規士が加害者ではなかったことが判明しますが、それは彼が被害者として命を落としていたという事実と表裏一体です。
父と母のどちらの願いが正しいかを決める映画ではなく、答えのない状況で家族が何を望むのかを観客に突きつけます。事件の真相を知ったうえで見直すと、序盤の言葉や家族それぞれの反応がより重く感じられる作品です。

