高松城はなぜ海城?水御門・天守台と軟弱地盤の謎を解説|ニッポン不滅の名城 9/11 19:00|9/11 19:00

2026年9月11日(金)19時からNHK BSで再放送される「絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城 高松城」。番組が追う大きな謎は、なぜ戦国時代の城としては不利にも見える海に面した軟弱な土地へ巨大な城を築き、どう完成させたのかという点です。

NHKオンデマンド公式は、三層の櫓、海に開かれた特別な門、花崗岩の石垣、海とつながる堀を挙げ、城郭考古学者・千田嘉博さんが最新研究から謎を解く内容と紹介しています。高松城を「海城」と呼ぶ理由を知ると、月見櫓や水御門、天守台の見え方も変わります。

9月11日の放送情報|NHK BSで19:00から

番組絶対行きたくなる!ニッポン不滅の名城 高松城
放送日時2026年9月11日(金)19:00〜20:00
放送局NHK BS
出演千田嘉博
ジャンル城郭・歴史ドキュメンタリー
初回放送2026年8月2日

9月11日はNHK BSで19時〜20時の再放送です。NHKオンデマンド公式では59分番組として公開され、初回放送は2026年8月2日。現地へ行く前の予習としても、なぜ海辺に城を築いたのかを知りたい人にも向く内容です。

公式内容|高松城は海と堀がつながる巨大な『海城』

番組がまず注目するのは、一般的な山城と正反対の立地です。戦国期には高所や険しい地形を防御に生かす城が多い一方、高松城は海辺の低地に築かれました。しかも堀には海水が入り、海に開かれた門を通して船で城へ入ることもできる、瀬戸内海と直結した城郭です。

現地には三層の櫓、花崗岩を使った大規模な石垣、海とつながる堀などが残ります。番組は「防御に不利そうな場所をなぜ選んだのか」「地盤の悪い場所でどう巨大な石垣や天守台を支えたのか」を、千田嘉博さんの解説で読み解きます。

高松城を築いたのは生駒親正|1588年に築城開始

高松市の史跡高松城跡の解説によると、築城したのは生駒親正です。親正は1587年に讃岐一国を与えられ、翌1588年から新たな城の建設を開始しました。場所は当時「野原」と呼ばれていた海辺で、築城後に高松の地名が使われるようになります。

その後、1642年には松平頼重が東讃12万石の藩主として入城。城域の改修が進み、北ノ丸・東ノ丸などが整備されました。現在残る月見櫓などを理解するには、「生駒氏が海城の骨格をつくり、松平氏が近世城郭として手を加えた」と二段階で見ると分かりやすくなります。

なぜ海辺に築いた?水運と瀬戸内海を城の機能に取り込む

高松城の立地は地盤面では難しい一方、海上交通を取り込める大きな利点があります。海と堀を直結させれば、城の正面を陸側だけに限定せず、船による移動や物資輸送も城の機能に組み込めます。文化遺産オンラインでも、海に面した水御門など海城特有の構成が重要な特徴として紹介されています。

番組の問いは「海辺だから珍しい」で終わりません。軟弱な土地へ大きな石垣を築く技術的な難題があり、それを克服したからこそ海城が成立します。海上交通の利点と築城技術の両方をセットで見ることが、「なぜここに築いたのか」への答えになります。

天守台の発掘で何が分かった?瓦・漆喰と地下入口

高松市は天守台の発掘調査成果を公開しています。天守台周辺からは瓦や漆喰片が多く出土し、建物の外観や仕上げを考える材料になりました。また、天守台内部や地下へ入る構造に関する遺構も確認され、復元研究の根拠が増えています。

番組説明にある「白亜の美しい城」というイメージも、単なる想像図ではなく、発掘資料や石垣の構造、絵図・文献を積み重ねて検討する必要があります。現存天守がない城だからこそ、「残っていない部分を研究でどう復元するか」が見どころです。

現地で注目したい遺構|月見櫓・水御門・石垣・堀

  • 海からの出入りを意識した水御門
  • 海城の景観を象徴する月見櫓
  • 花崗岩を使った壮大な石垣
  • 海水とつながる
  • 天守の規模と構造を考える天守台

テレビで構造を理解してから現地を見ると、「櫓がきれい」で終わらず、門の向き、堀の水、石垣と海岸線の関係まで観察できます。歴史・紀行系を含むキニナルの番組記事は、テレビ・ドラマ記事一覧から探せます。

参考情報

よくある質問

高松城はなぜ『海城』と呼ばれますか?

堀が海とつながり、海側に水御門など船で出入りする仕組みを持つためです。瀬戸内海と城郭が一体になった構造が大きな特徴です。

高松城を築いたのは誰ですか?

生駒親正です。高松市の史跡解説では、1587年に讃岐を与えられ、1588年から高松城の築城を始めたとされています。

9月11日の番組に出演する専門家は誰ですか?

城郭考古学者の千田嘉博さんです。NHKオンデマンド公式でも出演者として掲載されています。

まとめ|高松城の謎は『不利な海辺』を強みに変えた設計

高松城は、海辺の地盤という築城上の難しさを抱えながら、瀬戸内海と堀を直結させ、海から出入りする門や大規模な石垣を備えた独特の海城です。1588年に生駒親正が築城を始め、のちに松平氏が改修を重ねました。

9月11日の「ニッポン不滅の名城」は、なぜこの場所を選んだのか、どう軟弱地盤で城を成立させたのかを千田嘉博さんが最新研究から解く回です。月見櫓・水御門・堀・石垣・天守台を「海とのつながり」で見ると、番組の問いと現地の見どころが一本につながります。

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