日本最強の城スペシャル 藤堂高虎が築いた城一覧
NHK「日本最強の城スペシャル」で藤堂高虎の築城技術が気になった人向けに、高虎が築城・大改修に関わった主な城を整理します。高虎は一つの城だけで名を残した武将ではなく、伊予から伊賀・伊勢へと領地を移すなかで、海城、山城、平城それぞれに工夫を残しました。
結論からいうと、旅行先として特に押さえたいのは今治城・宇和島城・伊賀上野城・津城です。大洲城も高虎時代に近世城郭化が進んだ城として重要です。
藤堂高虎が築いた城・関わった城の早見表
| 城 | 所在地 | 高虎との関係 | 見どころ |
|---|---|---|---|
| 今治城 | 愛媛県今治市 | 1602年に築城開始。高虎の代表的な海城 | 海水を引いた堀、船入、広い水堀 |
| 宇和島城 | 愛媛県宇和島市 | 1596年から本格築城、1601年ごろ完成 | 丘陵と海を生かした縄張り。現存天守は後世の伊達氏期 |
| 大洲城 | 愛媛県大洲市 | 1595年以降、高虎が居城として整備に関与 | 肱川沿いの地形、復元天守と現存櫓 |
| 伊賀上野城 | 三重県伊賀市 | 1611年、高虎が城地を拡張 | 約30mの高石垣、城下町設計 |
| 津城 | 三重県津市 | 1608年入府後、1611年から大改修 | 城郭拡張と城下町整備、高虎の本拠 |
「高虎が築いた城」と一口に言っても、ゼロから新城を築いた場合、既存城を大改修した場合、縄張りや石垣普請に技術者として関わった場合があります。そのため、上表は高虎本人の領国経営と結びつきが強い代表例に絞っています。
今治城|海を防御と交通に取り込んだ代表作
今治市公式によると、今治城は関ヶ原の戦いの戦功で伊予半国20万石を領した藤堂高虎が、瀬戸内海に面した海岸に築いた大規模な平城です。慶長7年(1602)に築城を始め、建造物を含む完成は慶長13年ごろと推測されています。
最大の特徴は海水を引き込んだ広大な堀と、城内の港として国内最大級の船入を備えた点です。城を戦闘のための施設だけでなく、海上交通と物流の拠点として設計したところに高虎らしさがあります。
宇和島城・大洲城|伊予時代に磨かれた築城経験
宇和島市によれば、高虎は文禄4年(1595)に宇和郡7万石の領主となり、慶長元年(1596)から板島丸串城、のちの宇和島城を本格的に築き、慶長6年(1601)に完成させました。宇和島城は、高虎が大名として自分の居城を本格築城した初期の重要例です。
大洲城公式は、高虎が1595年に大洲を居城とし、その後の近世城郭化に関与したことを紹介しています。現在の大洲城は複数の大名による整備の積み重ねですが、高虎時代は伊予での城づくりを考えるうえで欠かせません。
伊賀上野城|約30メートルの高石垣が圧巻
伊賀市は、現在の上野城について、慶長16年(1611)に藤堂高虎が筒井定次の城地を拡大したものと説明しています。特に有名なのが内堀の高石垣で、高さは約30メートル。高虎の名と「高石垣」を結び付ける象徴的な場所です。
2026年には伊賀市が「藤堂高虎と伊賀」をテーマにシンポジウムや特別展を開催しており、高虎による城づくりだけでなく、城下町づくりまで含めた功績が改めて注目されています。
津城|高虎が最後に本拠を置いた城
津市公式によると、高虎は慶長16年(1611)に津城の大改修へ着手し、城の拡張整備と城下町の整備を進めました。高虎はその後も加増され、津藩の基礎を築きます。
今治城が海との結び付き、伊賀上野城が高石垣で印象に残るのに対し、津城では城郭と城下町を一体で設計する領国経営が見えてきます。城そのものの防御力だけでなく、人・物資・街道の流れまで含めて考えるのが高虎の城づくりでした。
なぜ藤堂高虎は「築城の名手」と呼ばれるのか
高虎の強みは、単に石垣を高く積んだことではありません。海や川、丘陵といった地形を読み、堀・石垣・門・曲輪・城下町を組み合わせて、城全体を機能させた点にあります。
今治城では海、宇和島城では丘陵と海、伊賀上野城では高石垣、津城では城下町整備というように、同じ型を繰り返すのではなく立地と目的に合わせて設計を変えていることが、各城を見比べると分かります。
よくある質問(FAQ)
藤堂高虎が築いた代表的な城は?
代表例として宇和島城、今治城、伊賀上野城、津城が挙げられます。大洲城など、高虎が城主・領主として整備に関わった城もあります。
今治城の見どころは?
海水を引き入れた広い堀と、城内の港として機能した大規模な船入です。海と城を一体化した高虎の設計思想を感じやすい城です。
伊賀上野城の石垣はどれくらい高い?
伊賀市は、藤堂高虎が築いた内堀の石垣について高さ約30メートルと案内しています。
まとめ|高虎ゆかりの城は「場所に合わせた設計」を見比べると面白い
藤堂高虎ゆかりの城を巡るなら、まず今治城・宇和島城・伊賀上野城・津城を押さえると、高虎の築城術の幅が見えやすくなります。大洲城も伊予時代をつなぐ重要な一城です。
日本最強の城スペシャルで高石垣に注目した人は伊賀上野城、海城の工夫を見たい人は今治城、初期の築城経験を追いたい人は宇和島城、領国経営まで含めて見たい人は津城から見ると、藤堂高虎が「築城の名手」と呼ばれる理由を立体的に理解できます。

