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関口宏の一番新しい近現代史10月31日|55年体制と日ソ共同宣言、鳩山一郎はなぜ領土問題を残した?|10/31 12:00

10月31日(土)12時からBS-TBSとBS-TBS 4Kで放送される「関口宏の一番新しい近現代史」は、1955年の自由民主党結成と55年体制、1956年の日ソ共同宣言を中心にたどる回です。

番組表では「もはや戦後ではない」という言葉が象徴する時代を背景に、鳩山一郎政権のもとで日本とソ連の国交が回復する一方、北方領土問題が将来へ残された経緯を考察すると案内されています。今回のポイントは、景気が上向き政治が安定へ向かう国内情勢と、冷戦下の外交交渉が同時に進んでいたことです。

10月31日の放送日時と出演者

項目内容
放送日時2026年10月31日(土)12:00〜12:54
放送局BS-TBS / BS-TBS 4K
番組関口宏の一番新しい近現代史
出演関口宏、小泉悠、岩間陽子
主なテーマ自民党結成、55年体制、日ソ共同宣言、「もはや戦後ではない」

BS-TBS公式では、番組は毎週土曜ひる12時から放送され、関口宏さんに加えて、軍事アナリストの小泉悠さん、国際政治学者の岩間陽子さんが出演すると案内されています。戦後日本の歩みを国内だけでなく欧米やアジアの情勢と結びつけながら見ていくのが、このシリーズの特徴です。

10月31日の中心テーマは55年体制と日ソ共同宣言

今回扱われる1955年から1956年は、日本の戦後政治と外交の大きな節目が連続した時期です。国内では政党再編が進み、外交ではソ連との国交正常化が実現しました。

番組表によると、昭和30年の自由民主党誕生によって「55年体制」が成立し、その後長く続く政治の枠組みができたことを取り上げます。そして翌1956年10月には日ソ共同宣言が調印され、日本とソ連の戦争状態が終わり、外交関係が回復しました。

55年体制とは何だった?

国立国会図書館の資料では、1955年に日本社会党が再統一し、保守合同によって自由民主党が結成されたことで、いわゆる55年体制が成立したと整理されています。

ここで大切なのは、自民党ができたという一つの出来事だけでなく、与党と野党の対立構図がその後の政治の基本形になった点です。番組では、こうした政治の安定が神武景気などの経済成長とどのように重なったのかも見どころになりそうです。

「もはや戦後ではない」という言葉は、1956年の経済白書を象徴する表現として広く知られています。白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機が「三種の神器」と呼ばれた時代でもあり、暮らしの変化と政治・外交の転換が同時進行していました。

鳩山一郎はなぜソ連との国交正常化を急いだ?

10月31日回で大きな焦点になるのが、当時の首相鳩山一郎と日ソ交渉です。外務省によると、日本とソ連は平和条約の締結を目指して交渉しましたが、北方領土の帰属をめぐって合意に至りませんでした。

そのため、領土問題の全面解決を待って平和条約を結ぶのではなく、まず日ソ共同宣言によって戦争状態を終わらせ、外交関係を回復し、平和条約交渉を続ける形が選ばれました。

これは「領土問題を解決できなかったから何も決まらなかった」という話ではありません。国交正常化を実現しながら、解決できなかった問題を将来の交渉へ残すという政治判断でした。番組では、鳩山首相がなぜこの段階で合意をまとめようとしたのか、日本・ソ連・アメリカそれぞれの思惑から考察すると案内されています。

日ソ共同宣言で何が決まった?

外務省が公開している共同宣言の本文では、1956年10月19日にモスクワで署名され、日本側から鳩山一郎、河野一郎、松本俊一らが参加したことが確認できます。

共同宣言によって日本とソ連の戦争状態は終了し、外交関係が回復しました。また、平和条約締結の交渉を続けることも明記されました。

歯舞群島と色丹島はどう書かれた?

共同宣言第9項では、ソ連が歯舞群島と色丹島を日本へ引き渡すことに同意するとされています。ただし、実際の引き渡しは平和条約が締結された後という条件が付いていました。

外務省の説明では、当時の交渉で国後島と択捉島の帰属をめぐる合意ができず、領土問題の解決を将来に委ねる形で共同宣言を締結したとされています。

このため、1956年の合意は日ソ関係を大きく前へ進めた一方で、北方領土問題を解決し切るものにはなりませんでした。10月31日回のタイトルにある「日ソ共同宣言締結へ」という言葉の先には、現在まで続く平和条約と領土問題の出発点があります。

「もはや戦後ではない」と言われた時代の日本

番組表では、1956年7月の経済白書に「もはや戦後ではない」と記されたことや、白黒テレビ・冷蔵庫・洗濯機が「三種の神器」と呼ばれたこと、神武景気が続いたことも紹介されています。

この言葉だけを見ると、日本社会が戦争の影響から完全に抜け出したようにも感じられます。しかし同じ時期の外交では、戦争状態を終わらせるための日ソ共同宣言がようやく成立した段階でした。

経済成長による生活の変化、55年体制による政治の安定、そして未解決の領土問題を抱えたまま進んだ国交正常化。今回の放送では、これらを別々の出来事ではなく、1950年代半ばの日本が新しい段階へ移る一連の動きとして見ると流れがつかみやすくなります。

出演者3人はどんな立場から読み解く?

進行を務める関口宏さんに加え、小泉悠さんと岩間陽子さんが出演します。番組公式では、小泉さんを軍事アナリスト・東京大学先端科学技術研究センター准教授、岩間さんを国際政治学者・政策研究大学院大学教授として紹介しています。

今回のテーマは国内政治だけでなく、ソ連との外交、冷戦、アメリカの関与までつながる内容です。そのため、55年体制の成立だけで終わらず、なぜ日ソ交渉がその形で決着したのかを国際環境の中で理解できる点が見どころです。

前回までの流れもあわせて確認

このシリーズは、戦後の日本がどのように主権を回復し、冷戦下で安全保障体制を整えていったのかを時系列で追っています。

直前回については、「自衛隊発足・第一次台湾海峡危機と1954年の冷戦」を扱った記事もあります。10月31日回は、その先の1955年から1956年へ進み、国内政治の再編と日ソ国交正常化を扱う流れです。

10月31日回の見どころ

一番注目したいのは、「なぜ領土問題を残したまま共同宣言を結んだのか」という点です。

日ソ共同宣言は国交正常化を実現した重要な合意ですが、平和条約そのものではありません。外務省の資料でも、平和条約交渉を継続することと、歯舞群島・色丹島の扱いが明記されています。

番組表では、日本とソ連だけでなくアメリカの思惑も含めて考察するとされています。1950年代の出来事を知るだけでなく、現在の日露関係や北方領土問題につながる「未解決の起点」を知る回として見ると、より理解しやすいでしょう。

参考にした情報

よくある質問

関口宏の一番新しい近現代史10月31日回は何時から?

2026年10月31日(土)12:00〜12:54に、BS-TBSとBS-TBS 4Kで放送予定です。

10月31日回は何を取り上げる?

1955年の自由民主党結成と55年体制、1956年の日ソ共同宣言、「もはや戦後ではない」と言われた時代の日本を中心に取り上げます。

日ソ共同宣言で北方領土問題は解決した?

解決していません。日ソ両国は国交を回復し、平和条約交渉を続けることで合意しましたが、領土問題は将来の交渉へ残されました。

まとめ

10月31日の「関口宏の一番新しい近現代史」は、自民党結成による55年体制の成立と、鳩山一郎政権による日ソ共同宣言を軸に、戦後日本が次の段階へ進んだ1955〜1956年を振り返る回です。

政治が安定へ向かい、高度経済成長の入口に立った日本は、同時にソ連との国交正常化を実現しました。しかし、平和条約と北方領土問題は解決されず、その課題は現在まで続いています。経済・政治・外交を一つの流れとして見ることで、「もはや戦後ではない」という言葉の裏側にあった日本の選択がより立体的に見えてくる放送です。

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