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日本のチカラ「僕のヒロシマ」10月23日|川中だいじが近藤康子さんから託された被爆の記憶|10/23 10:20

2026年10月23日(金)に福井放送と山口放送で放送される「日本のチカラ #487 僕のヒロシマ ~15歳の取材記~」は、高校1年生の記者・川中だいじさんが広島で被爆者の言葉を受け止め、自分の世代がその記憶をどう伝えるのかに向き合う回です。

民間放送教育協会の公式ページによると、福井放送は10時20分~10時50分、山口放送は10時25分~10時55分の放送予定です。主人公の川中さんは「日本中学生新聞」で政治や社会問題を取材してきましたが、この番組で大きく描かれるのは、取材の原点にある「ヒロシマ」と、被爆者の近藤康子さんから託される思いです。

10月23日の放送日時と番組情報

項目内容
番組日本のチカラ #487 僕のヒロシマ ~15歳の取材記~
福井放送2026年10月23日(金)10:20~10:50
山口放送2026年10月23日(金)10:25~10:55
制作中国放送
主人公川中だいじ
主なテーマ15歳の記者が被爆者取材を通してヒロシマの記憶と向き合う

民教協公式の放送スケジュールでは、福井放送と山口放送で開始時間が5分異なります。同じ10月23日でも、福井放送は10時20分、山口放送は10時25分からです。

番組はテレビ朝日で10月3日に放送された後、各地域の加盟局で順次放送されています。地域によって放送日と時間が異なるため、福井と山口で視聴する場合は、それぞれの開始時刻を分けて確認しておくのが確実です。 民教協公式の全国スケジュールには、10月3日のテレビ朝日を起点に、北海道から沖縄まで各局の放送日時が掲載されています。同じ作品が地域ごとに別日・別時間で届けられる形式なので、10月23日に見る場合も「全国一律の10時20分」ではありません。福井放送は10時20分、山口放送は10時25分と覚えておくと、見逃しを防ぎやすいでしょう。 放送枠はいずれも30分で、終了予定は福井放送が10時50分、山口放送が10時55分です。

川中だいじさんは誰?

川中だいじさんは、民教協公式で大阪に暮らす高校1年生として紹介されています。SNS「日本中学生新聞」で発信し、政治を得意分野に、大物政治家にも臆せず取材する姿が注目されてきました。

柏書房の『こちら日本中学生新聞』紹介ページによると、川中さんは2010年大阪市生まれ。小学3年生のころに政治に関心を持ち、2023年に「日本中学生新聞」を創刊しました。

同書の紹介では、選挙、大阪・関西万博、IRカジノ、森友学園問題などを取材し、SNSやYouTubeで発信していることも説明されています。2026年3月には初の著書『こちら日本中学生新聞』が刊行されました。

若さそのものが番組の焦点ではなく、自分で現場へ足を運び、相手に質問し、受け取った言葉をどう伝えるかがこの回の中心です。公式ページの編集後記でも、川中さんの「忖度なしに聞く度胸」「端的に問題をつく質問力」「足繁く現場に通う粘り強さ」が取材相手の心を開く理由として挙げられています。

「僕のヒロシマ」のルーツはどこにある?

川中さんがヒロシマに強く関心を持つきっかけは、小学校の修学旅行で被爆者の証言を聞いたことでした。民教協公式では、それが「日本中学生新聞」の取材活動のルーツにつながっていると紹介されています。

中学3年生だった前年の8月6日、川中さんは初めて被爆者を取材しました。公式ページには、初めての取材を前に戸惑い、「どうやって取材すればいいか」と迷う様子も記されています。

それでも、広島や長崎の原爆資料館を見てきたこと、「はだしのゲン」を読んだことなど、自分なりに学んできた経験を抱えて現場に立ちます。知識を集めるだけではなく、実際に被爆者と向き合い、言葉を聞くことに踏み込んだ点が、この番組の重要な出発点です。

10月17日放送の記事では、川中だいじさんと「日本中学生新聞」、広島取材の原点を中心に紹介しています。

高校1年生で3度目のヒロシマへ

民教協公式の編集後記では、川中さんにとって小学6年生の修学旅行が初めての広島、中学3年生で初めて8月6日のヒロシマを取材し、高校1年生となった2026年に3度目のヒロシマを訪れたことが説明されています。

今年の8月6日、川中さんは夜が明ける前から被爆者を取材します。番組公式では、そこで「絶対に戦争はダメ」「若い人たちにも考えてもらいたい」という言葉を受け取る場面が紹介されています。

被爆体験を直接語れる人が少なくなっていく中で、15歳の川中さんがその言葉をどう聞き、どう持ち帰るのか。番組は単に「若い記者がすごい」という話にせず、聞く側にも責任が生まれる瞬間を追っています。

近藤康子さんは川中だいじさんに何を託した?

この回で特に大きな意味を持つのが、被爆者の近藤康子さんとの再会です。民教協公式によると、近藤さんは川中さんが記者へと歩むきっかけになった被爆者で、2人は一緒に原爆被害の記憶をたどります。

近藤さんが川中さんに託したのは、被爆の実相をより多くの人に知ってもらいたい、広めてもらいたいという願いです。公式ページでは、別れ際に近藤さんが何度も「ありがとう」と伝える様子も紹介されています。

これは、15歳の記者が取材対象から情報を受け取るだけの場面ではありません。被爆者が自分の体験を次の世代に手渡し、その受け手がさらに社会へ伝えていくという、記憶の継承そのものが描かれています。

川中さん自身も、戦争体験者や被爆体験者の話を直接聞ける「最後の世代」という認識を持っています。その言葉からは、取材を続けることが自分の興味だけではなく、後の世代へ残す役割にもつながっていることがうかがえます。

10月18日HBC放送の記事では、川中さんが被爆者の話を「聞くこと」にどう向き合うのかを別の角度からまとめています。

「日本中学生新聞」と著書『こちら日本中学生新聞』

川中さんの活動を知るうえで、「日本中学生新聞」は欠かせません。柏書房の公式紹介では、2023年の創刊以来、選挙や社会問題の現場へ足を運び、自分の言葉で取材と発信を重ねてきたとされています。

2026年3月刊行の『こちら日本中学生新聞』は、そうした取材の記録や現場で感じた迷い、葛藤をまとめた初の著書です。国立国会図書館サーチでも、川中さんが2010年大阪市生まれで、2023年に「日本中学生新聞」を創刊したことが紹介されています。

本の目次には「G7広島サミットと初現場」という章もあり、広島が川中さんの取材活動の中で継続的な意味を持つことが分かります。今回の「僕のヒロシマ」は、その活動をテレビの取材映像を通して追い、被爆者との対話に焦点を当てた作品として見ることができます。

制作したのは中国放送

民教協公式によると、#487「僕のヒロシマ ~15歳の取材記~」は中国放送制作です。広島を拠点とする放送局が、若い記者とヒロシマのつながりを追った点も、この作品の背景として重要です。

公式ページの編集後記は、ディレクターの山本和宏さんによるものです。山本さんは、川中さんが取材対象に真摯に向き合う姿を見て「日本のチカラ」だと感じたことが、番組制作の大きな理由だったと記しています。

また、山本さんは自身が制作した映画「104歳、哲代さんのひとり暮らし」の舞台挨拶を川中さんが見に来たことをきっかけに知り合ったとも明かしています。ひとつの出会いから番組制作へつながった経緯も、編集後記から確認できます。

10月23日放送で注目したいところ

福井放送と山口放送で視聴する際は、川中さんが「どんな質問をするか」だけではなく、被爆者の言葉を聞いた後にどんな表情を見せ、何を自分の言葉として持ち帰るのかに注目です。

特に近藤康子さんとの場面は、この番組の題名「僕のヒロシマ」が何を意味するのかを考えるうえで重要です。ヒロシマを過去の出来事として知るだけでなく、15歳の現在地から受け止め直す過程が映し出されます。

川中さんはすでに政治取材で知られる存在ですが、この番組では政治家への取材とは異なる緊張があります。相手の人生そのものに関わる被爆体験をどう聞くのか、そして聞いた側がその記憶をどう扱うのか。そこにこの回ならではの重さがあります。

参考にした情報

よくある質問

日本のチカラ「僕のヒロシマ」は10月23日何時からですか?

民教協公式では、福井放送が10時20分~10時50分、山口放送が10時25分~10時55分です。同じ日でも開始時刻が5分異なります。

川中だいじさんは何歳ですか?

番組公式では、高校1年生の15歳の記者として描かれています。「日本中学生新聞」で政治や社会問題を取材し、SNSなどで発信しています。

近藤康子さんは川中だいじさんに何を伝えましたか?

民教協公式では、近藤さんが被爆の実相を知ってもらい、広めてもらいたいという願いを川中さんに託したことが紹介されています。

「僕のヒロシマ」はどの放送局が制作しましたか?

民教協公式によると、中国放送制作です。テレビ朝日で10月3日に放送された後、全国の加盟局で順次放送されています。

まとめ

2026年10月23日(金)の「日本のチカラ #487 僕のヒロシマ ~15歳の取材記~」は、福井放送で10時20分から、山口放送で10時25分から放送予定です。

高校1年生の記者・川中だいじさんが3度目のヒロシマで被爆者を取材し、近藤康子さんから「被爆の実相を知ってもらいたい、広めてもらいたい」という思いを託されます。政治取材で注目される15歳の記者が、ヒロシマの記憶を次の世代へどうつなぐのか。その姿を追う30分です。

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