中島卓偉のお城へ行こう!本栖城はどこ?武田氏と中道往還の歴史|10月2日tvk|10/2 20:45
2026年10月2日(金)20時45分からtvkで放送予定の「中島卓偉のお城へ行こう!せーの、キャッスル!キャッスル!」は、本栖城を取り上げる回です。本栖城は山梨県・本栖湖周辺に残る山城跡で、甲斐と駿河を結ぶ街道の守りを考えるうえで重要な場所です。
この回をより楽しむ鍵は、天守の外観ではなく、山の地形と往来を監視する城の役割にあります。城を歩いて歴史を読み取る中島卓偉の番組の魅力とともに、所在地や史料に残る背景を整理します。
10月2日の放送時間と本栖城編の概要
tvk1で10月2日(金)20時45分~21時00分の放送。今回の題材は「本栖城」、出演はロックシンガーで城マニアの中島卓偉です。tvk公式番組サイトはシリーズの企画趣旨とYouTube配信情報を掲載していますが、今回の本栖城回の個別詳細は確認できませんでした。
番組表では、番組の同行者として菊谷宏樹ディレクターも紹介されています。歩きながら城郭跡の形や歴史を読み解くことが番組の特徴です。
本栖城はどこ?本栖湖と中道往還の位置関係
富士河口湖町の公式広報資料によると、本栖城跡は本栖湖の北東側にある烏帽子岳から青木ヶ原樹海へ延びる尾根の先端、標高約1,056メートルの城山に築かれました。
山麓を通る「中道往還」は甲府から本栖湖の東側を通り、駿河国へ向かう道でした。本栖城を考える際には、湖畔の観光スポットとしてだけでなく、かつての交通と国境警備の要所として地形を見る視点が重要です。
武田氏に関係する城?史料から分かること
富士河口湖町の資料は創築年を不明としています。一方、天文・永禄年間の武田氏関係文書に「本栖在城」という記録があり、武田氏が領国支配を固めた時期の国境警備の城だったと推定されています。
永禄4年(1561年)の武田家印判状や天正2年(1574年)の文書でも城の存在が確認できます。具体的な築城者や正確な築城年が確定しているかのような説明には注意が必要です。
天正壬午の乱と本栖城の役割
1582年に武田氏が滅亡した後、徳川家康と北条氏が旧武田領をめぐって対峙した天正壬午の戦いでは、徳川方から派遣された武田旧臣の渡辺四郎信が本栖城を拠点としたことが町の資料に記されています。
この経緯からも本栖城が単なる山上の遺構ではなく、甲斐と駿河の境目の軍事行動に関わった場所だったことが分かります。
中島卓偉と菊谷宏樹が歩く城番組の特徴
tvkによると、シリーズは2014年から2022年に番組コーナーなどで展開し、2026年4月にYouTubeオリジナル企画として再始動しました。主役の中島卓偉は、城の地形や空気を現地で体感するスタイルで各地を巡ります。
今回のテーマとあわせ、既存の中島卓偉が巡った青山城の関連記事も読むと、異なる城郭の見どころを比較できます。
本栖城跡を訪ねる際の見方
現地を歩く際には、街道と山の位置関係、尾根先端という地形、周囲への見通しなどが観察の手掛かりになります。史跡や山中の状況は天候・通行規制などで変わるため、訪問前に自治体の案内で確認してください。
番組で紹介される具体的な移動ルートや立ち寄り場所については、今回の公式個別ページで確認できていないため、特定の道順を番組の実際の行程として案内することは避けます。
公式情報・関連記事
よくある質問
本栖城はどこにありますか?
山梨県の本栖湖の北東側、烏帽子岳から南東に延びる尾根の先端の城山にあります。
2026年10月2日の放送は何時から?
tvkで20時45分から21時00分の予定です。
本栖城は武田信玄が築城したのですか?
創築年・築城者は不明です。武田氏関係の史料に記録があり、武田氏の領国支配期に国境警備のため築かれたと推定されています。
まとめ
10月2日の本栖城編では、城郭跡そのものだけでなく、本栖湖周辺の山と中道往還の地理を知ることで理解が深まります。武田氏関係史料や天正壬午の乱とのつながりを押さえ、中島卓偉が城の魅力を読み取る視点に注目したい回です。

