よみがえる新日本紀行「木曽妻籠宿」10月13日|昭和44年の町並み保存と現在の妻籠|10/13 15:30
10月13日(火)15時30分からNHK BSP4Kで放送される「よみがえる新日本紀行 選 木曽妻籠宿」は、昭和44年(1969年)の妻籠宿を記録した映像を通して、宿場町の保存が始まった時代を振り返る回です。
番組表で案内されている中心テーマは、島崎藤村の「夜明け前」にも登場する妻籠宿で、江戸時代の面影を残す町並みを復元・保存しようとする人々の取り組みです。さらに、よみがえった映像に加えて、その後の妻籠宿を伝える内容も含まれています。
現在の妻籠宿がどのように守られてきたのかを知ってから見ると、昭和44年の映像に映る建物や住民の動きが、現在の景観へどうつながったのかが見えやすくなります。
よみがえる新日本紀行「木曽妻籠宿」の放送日時と内容
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日 | 2026年10月13日(火) |
| 放送時間 | 15:30〜16:08 |
| 放送局 | NHK BSP4K |
| 番組 | よみがえる新日本紀行 選 木曽妻籠宿 |
| 主な舞台 | 長野県・妻籠宿 |
| 語り | 森田美由紀 |
| テーマ | 昭和44年の町並み保存と、その後の妻籠宿 |
GガイドとJ:COMの番組情報では、昭和44年に妻籠宿を訪れた「新日本紀行」の映像をもとに、宿場町を江戸時代の姿に近づけながら保存しようとした取り組みが紹介されます。
また、鮮やかによみがえった過去の映像だけでなく、番組の舞台となった妻籠宿のその後を伝えるミニ紀行も組み合わされています。昔の記録を見るだけではなく、保存運動が現在にどう受け継がれたのかを見比べられるところが、この回の大きな見どころです。
同じ「よみがえる新日本紀行」では各地の過去と現在が取り上げられています。シリーズの別回については、「収穫の平野―新潟県蒲原地方―」の内容もあわせて読むと、番組が地域の変化をどのように映し出しているか比較できます。
昭和44年の妻籠宿では何が始まっていた?
番組の舞台になった昭和44年は、妻籠宿の町並み保存にとって重要な時期です。妻籠宿公式ウェブサイトによると、保存事業は昭和43年に長野県の明治百年記念事業の一つとして進められることになり、昭和44年を初年度とする3カ年計画で町屋の復原や修景が実施されました。
つまり、昭和44年の「新日本紀行」が訪ねた妻籠宿は、現在のように保存された観光地として完成した後ではありません。宿場の景観をどう残すのか、地元で具体的な行動が動き始めた時期そのものが記録されています。
妻籠宿は明治以降、鉄道や新しい道路の整備によって宿場としての役割を失い、昭和30年代には人口流出や過疎化も進みました。一方で、江戸時代の宿場の姿を色濃く残していたことから、その価値を見直す動きが生まれます。
「売らない・貸さない・こわさない」の考え方
妻籠の保存運動を象徴するのが、家や土地についての「売らない・貸さない・こわさない」という三原則です。妻籠宿公式ウェブサイトでは、住民が生活を続けながら町並みを後世へ伝えてきた経緯が説明されています。
昭和43年には「妻籠を愛する会」が設立され、単に古い建物を残すだけでなく、周囲の自然環境や街道を含めた宿場景観を守る方向が共有されました。番組で描かれる「復元・保存しようという取り組み」は、こうした住民主体の動きと重なります。
現在の妻籠宿を訪れると、古い町屋が連続する景観そのものが印象に残りますが、その背景には半世紀以上にわたる住民の選択があります。昭和44年の映像は、今では当たり前に見える風景がまだ「守るべき未来」として話し合われていた時代を映している点に価値があります。
重要伝統的建造物群保存地区になる前の記録
妻籠宿が国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されたのは昭和51年です。番組の元になった昭和44年の映像は、それより7年前の記録にあたります。
制度によって保存地区として位置づけられる以前から、地域が先行して保存へ動いていたことが分かります。古い建物を一軒ずつ残すだけでなく、街道や周囲の自然まで含めて景観として守ろうとした点は、妻籠宿の保存運動を理解するうえで欠かせません。
妻籠宿はどんな宿場町?
妻籠宿は中山道69次のうち、江戸から数えて42番目の宿場です。中山道と伊那街道が交わる場所にあり、古くから交通の要衝としてにぎわいました。
妻籠宿公式ウェブサイトによると、近世の妻籠宿では本陣を島崎氏、脇本陣を林氏が担っていました。宿場には旅籠が並び、人や荷物の移動を支える役割を果たしていました。
島崎藤村の小説「夜明け前」に妻籠が登場することも、今回の番組紹介で触れられているポイントです。作品の舞台としての木曽路を知っている方にとっては、文学で描かれた土地が映像ではどのように残されているのかも注目したいところです。
妻籠宿を含む木曽路を実際の見どころから知りたい方は、妻籠宿など木曽路の訪問先をまとめた記事も参考になります。
番組で注目したい「昔」と「今」の違い
今回の放送では、過去の「新日本紀行」を高画質化した映像と、その後の妻籠宿を伝える部分が組み合わされています。番組情報では、町並み保存が成果を上げ、多くの観光客が訪れるようになった現在の姿も紹介されます。
200年以上の家屋を守る難しさ
番組情報には、200年以上を経た家屋敷の保存に心を砕く宿の主人が登場するとされています。町並みを残すという言葉は簡単でも、実際には古い建物を日常の暮らしの場として維持し続ける必要があります。
建物の修理、暮らしやすさ、安全面、観光との両立など、保存は一度終われば完成というものではありません。昭和44年に始まった大規模な保存事業から年月が経った後も、日々の維持が必要であることが伝わる場面になりそうです。
高齢化と空き家をどうするのか
番組情報では、高齢化や後継者不在によって空き家になりそうな家屋を残そうとする新しい試みも扱われます。これは、過去の景観を守るだけでなく、誰が次の世代で建物を使い続けるのかという現在の課題です。
妻籠宿の保存運動は、古い姿を固定して展示するのではなく、住民が暮らす町を守ることから始まりました。そのため、空き家や担い手不足は町並み全体の継承に直結します。昭和44年の「保存を始める時代」と、その後の「保存を続ける時代」の違いが見えてきます。
現在の妻籠宿で保存の歴史を知るには
妻籠宿公式ウェブサイトでは、南木曽町歴史資料館が、南木曽町や木曽路の歴史、町並み保存運動、全国の町並みについて模型や映像を使って紹介する施設と案内されています。
今回の番組を見て保存運動そのものに興味を持った方には、古い町並みを歩くだけでなく、保存の経緯を資料で知る見方もあります。なぜこの景観が残ったのかを知ると、建物の一つ一つだけでなく、通り全体の意味が分かりやすくなります。
妻籠宿では現在も宿場内の一部時間帯で車の乗り入れを規制するなど、歩いて町並みを楽しめる環境が整えられています。こうした現在の姿も、長く続いてきた保存の考え方の延長として見ることができます。
語りは森田美由紀
今回の番組表では、語りを森田美由紀さんが担当すると案内されています。映像の中心は昭和44年の妻籠宿と、その後の町の姿です。
人物のトークやスタジオ企画が中心の番組ではないため、語りは映像に残された当時の生活や保存活動をつなぐ役割になります。古い記録映像と現在の映像を行き来しながら見る番組では、時代の違いを整理して伝えるナレーションにも注目です。
参考にした情報
よくある質問
よみがえる新日本紀行「木曽妻籠宿」はいつ放送されますか?
2026年10月13日(火)15時30分から16時08分まで、NHK BSP4Kで放送予定です。
木曽妻籠宿回は何を取り上げますか?
昭和44年の妻籠宿を訪ねた「新日本紀行」の映像を軸に、江戸時代の面影を残す町並みの復元・保存に取り組む人々と、その後の妻籠宿の姿を紹介します。
妻籠宿の町並み保存で有名な三原則は何ですか?
「売らない・貸さない・こわさない」です。住民が暮らしながら宿場景観を守り、後世へ受け継ぐ考え方を表しています。
まとめ
10月13日の「よみがえる新日本紀行 選 木曽妻籠宿」は、昭和44年という町並み保存の転機にあった妻籠宿を映した回です。
昭和44年を初年度とする保存事業、住民による「売らない・貸さない・こわさない」の考え方、そして長い年月を経た家屋や空き家を守る現在の課題までを重ねて見ることで、妻籠宿の風景が自然に残ったのではなく、多くの人の継続的な選択によって受け継がれてきたことが分かります。

