知らないけど会いたい人11月8日放送|忠犬ハチ公の最期の写真と少年の謎【2026年】|11/8 13:55
2026年11月8日(日)午後1時55分から、UX新潟テレビ21で「知らないけど会いたい人」が放送されます。今回の番組案内で紹介されているのは、1935年に亡くなった忠犬ハチ公の最期の写真に写る少年です。
大勢の大人たちがハチ公を囲む写真の中央に、なぜ幼い少年が写っているのでしょうか。番組では、当時の新聞記事や渋谷の歴史を知る人の証言を手掛かりに、写真の背景と少年の正体に迫ります。
知らないけど会いたい人11月8日の放送日時・出演者
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年11月8日(日)13:55~15:00 |
| 放送局 | UX新潟テレビ21(新潟テレビ21) |
| 番組名 | 知らないけど会いたい人 |
| 今回のテーマ | 忠犬ハチ公の最期の写真に写る少年 |
| MC | 山里亮太 |
| ゲスト | 伊集院光、島崎和歌子 |
新潟地区の番組情報では、11月8日(日)の午後1時55分から午後3時まで放送される予定です。新潟地区の番組情報では、MCは山里亮太さん、ゲストは伊集院光さんと島崎和歌子さんと案内されています。
ハチ公の最期の写真に写る少年は誰?
番組が注目するのは、忠犬ハチ公が亡くなった昭和10年(1935年)に撮影された写真です。むしろの上に横たわるハチ公を大人たちが囲む中、中央に坊主頭の少年が写っていることが、今回の調査の出発点になっています。
番組の紹介内容では、写真に写る少年の正体だけでなく、ハチ公が亡くなった日の出来事や、写真の背景に隠された物語にも焦点が当てられています。ハチ公がどこで亡くなり、どのような経緯で渋谷駅へ運ばれたのかを知ると、写真に残された人々の姿にも関心が広がります。
ただし、今回共有されている番組案内には、少年の名前や具体的な身元までは記載されていません。少年が誰なのかを断定できる資料は確認できていないため、ここでは「写真中央に写る少年」として紹介します。
写真には誰が写っていた?
シブヤ経済新聞が2012年に報じた渋谷区郷土博物館・文学館の資料公開記事では、ハチ公の最期の写真に、上野英三郎博士の妻・八重子さん、渋谷駅長、ハチ公の世話係だった駅員らが写っていると説明されています。写真は、その世話係だった駅員の娘から博物館へ寄贈されたものでした。
同記事によると、ハチ公が亡くなった翌日の新聞にも同じ写真が掲載されていたことが後に分かっています。写真が一枚残ったことで、ハチ公の最期だけでなく、当時そばにいた人々の姿も現在へ伝わりました。
今回の番組が注目する少年も、その写真の中に写る人物の一人です。写真の寄贈者や大人たちの立場が分かっても、中央の少年が誰なのかは別に確かめる必要があります。
番組が新聞記事や地域の証言を手掛かりにするのは、写真だけでは分からない背景をたどるためです。
忠犬ハチ公はいつ、どこで亡くなった?
ハチ公が亡くなったのは、1935年3月8日です。渋谷区の資料やシブヤ経済新聞によると、渋谷川に架かる稲荷橋付近で倒れ、満11歳4か月、数え年13歳で生涯を終えました。
シブヤ経済新聞の記事によると、ハチ公は渋谷川に架かる稲荷橋付近で亡くなり、最期の写真には冷たくなったハチ公を囲む人々が写っています。亡くなった場所と写真に写る場所の状況を分けて考えると、写真が記録したのは、ハチ公の死後に人々が集まった場面だと分かります。
ハチ公が亡くなった日の写真には、ただ悲しむ人々だけでなく、駅でハチ公を世話してきた人たちの姿も残っています。駅の小荷物室にベッドが用意されていたという話からは、ハチ公が駅の人々にとっても身近な存在だったことがうかがえます。
ハチ公は上野博士の死後も渋谷駅に通い続けた
ハチ公は1923年11月、秋田県大館市で生まれました。生後50日前後で東京帝国大学農学部教授の上野英三郎博士に引き取られ、渋谷の自宅で暮らすようになります。
渋谷区立図書館の資料によると、上野博士はハチ公を連れて渋谷駅まで出勤し、帰宅時にはハチ公が駅前で出迎えることが日課になっていました。ところが、1925年5月に上野博士が急逝します。
主人を失った後も、ハチ公は預け先から渋谷駅へ戻り、上野博士の帰りを待ち続けました。渋谷区の説明では、博士が亡くなった後も約10年間、毎日駅の改札前で待つ姿が人々の心をつかんだとされています。
ハチ公の世話を引き継いだ植木職人一家
上野博士が亡くなった後、ハチ公は博士の家に出入りしていた植木職人に預けられました。シブヤ経済新聞の記事では、植木職人が富ヶ谷に住み、上野博士の家の手入れをしていた人物だったと紹介されています。
シブヤ経済新聞の記事によると、ハチ公は上野博士の没後、富ヶ谷に住んでいた植木職人に預けられました。ハチ公が駅へ通い続けた背景には、預け先の人や駅で世話をする人たちの存在がありました。
この植木職人一家との関係は、今回の写真に写る少年を考えるうえでも注目される部分です。ただし、公開されている番組紹介だけでは、写真の少年が一家の誰にあたるのかまでは明記されていません。
少年の身元については、番組で紹介される調査内容と、確認できる資料を分けて受け止めたいところです。
ハチ公が全国的に知られるようになったきっかけ
ハチ公の姿が全国に知られる大きなきっかけになったのは、1932年10月14日付の東京朝日新聞の記事でした。渋谷区立図書館やシブヤ経済新聞によると、「いとしや老犬物語」として、主人の帰りを待ち続ける犬の姿が紹介されたことで、ハチ公の名前が広く知られるようになりました。
記事が伝えたのは、亡くなった主人を待ち続ける犬の姿でした。渋谷駅に通うハチ公の存在は、新聞を通じて東京の一駅にとどまらず、多くの人に知られるようになります。
その後、渋谷の有志によって銅像を建てる動きが進み、1934年4月21日に初代の忠犬ハチ公像が完成しました。渋谷区の資料によると、除幕式にはハチ公自身も参列しています。
現在のハチ公像は初代ではありません。初代像は戦時中の金属回収によって供出され、1948年8月15日に二代目の像が設置されました。
渋谷駅前の待ち合わせ場所として親しまれている像にも、ハチ公の生涯と時代の変化が刻まれています。
ハチ公の剥製はどこにある?
ハチ公の体は、亡くなった後に剥製として保存されました。渋谷区立図書館は、遺骸が国立科学博物館に保存されていると案内しています。
国立科学博物館の常設展示データベースにも「秋田犬(ハチ)」の剥製標本が登録されており、日本館2階北翼の「日本人と自然」に展示場所が案内されています。写真で見たハチ公の姿だけでなく、実際の標本も現在まで保管されていることが分かります。
写真に写る少年の謎を考える際には、ハチ公の生涯や写真の来歴を確認できる資料が手掛かりになります。ハチ公の物語は、銅像や有名なエピソードだけでなく、写真や標本などの資料によっても受け継がれています。
前回(10月31日付の記事)との違い
同じ番組については、10月31日付の記事でも取り上げています。そちらでは、ハチ公の最期の写真に写る少年と、ビートルズ初来日の写真に写り込んだ男性を並べて紹介しました。
今回は新潟地区で11月8日に放送される回の番組案内に合わせ、ハチ公の最期の日、写真の来歴、駅員や植木職人一家との関係に焦点を絞っています。ビートルズの写真に写る男性の話題は広げず、ハチ公にまつわる歴史を中心にまとめました。
MCは山里亮太さん、ゲストは伊集院光さんと島崎和歌子さんです。
山里亮太さんの経歴や出演番組は山里亮太のプロフィール、伊集院光さんについては伊集院光のプロフィール、島崎和歌子さんについては島崎和歌子のプロフィールで紹介しています。
10月31日付の記事では、ハチ公の写真に写る少年とビートルズ初来日の写真に写る男性を並べて紹介しました。今回はそのうちハチ公の話題に絞り、最期の日や写真が残された経緯を中心にまとめています。
もう一方の写真の話題は、10月31日放送分の記事でご覧いただけます。
視聴方法・見逃し配信について
11月8日の放送は、UX新潟テレビ21で午後1時55分から午後3時までの予定です。新潟地区以外で視聴する場合は、住んでいる地域の番組表で同じ番組の放送予定があるかを確認してください。
TVerなどで配信されるかどうかは、今回のUX新潟テレビ21での放送について確認できていません。元番組の放送局である朝日放送テレビの公式ページは見つかりましたが、今回の新潟地区の放送に対応した配信案内は確認できていません。
配信の有無を前提にせず、まずは放送局の番組表を確認するのが確実です。
参考にした情報
- 朝日放送テレビ「知らないけど会いたい人」公式ページ
- 朝日放送テレビのプレスリリース「知らないけど会いたい人」
- DiMORA「知らないけど会いたい人」新潟地区番組情報
- シブヤ経済新聞「ハチ公『最期』の写真初公開」
- 渋谷区立図書館「ハチ公について知りたい」
- 渋谷区「ハチ公生誕100年プロジェクト」
- 国立科学博物館 常設展示データベース「秋田犬(ハチ)」
- ABCマガジン「写真を現像したら、右端に女の人の顔が…」
よくある質問
11月8日の「知らないけど会いたい人」は何時からですか?
UX新潟テレビ21では、2026年11月8日(日)午後1時55分から午後3時まで放送される予定です。
ハチ公の最期の写真に写る少年の名前は分かっていますか?
今回共有された番組案内には、少年の名前や具体的な身元は記載されていません。写真に写る少年の身元は、放送前に確認できた情報だけでは断定できません。
忠犬ハチ公が亡くなったのはいつですか?
1935年3月8日です。渋谷川に架かる稲荷橋付近で亡くなり、満11歳4か月、数え年13歳でした。
まとめ
2026年11月8日(日)午後1時55分からUX新潟テレビ21で放送される「知らないけど会いたい人」は、忠犬ハチ公の最期の写真に写る少年の謎を調べる内容です。今回の番組案内では、時代の一場面を切り取った写真に隠された物語を掘り下げる企画として紹介されています。
ハチ公は1935年3月8日に亡くなり、渋谷駅に運ばれた後の姿が写真に残されました。上野博士の死後も駅へ通い続けた日々や、植木職人一家、駅員たちとの関係を知ると、一枚の写真に写る人々の姿も違って見えてきます。
少年の名前は番組公式の事前案内では明かされていませんが、ハチ公の最期の日と写真の由来をたどることで、昭和の渋谷に残された記録を改めて知ることができる放送です。

