新日本風土記「奥出雲」たたら製鉄と棚田はなぜつながる?鉄穴流し・仁多米・暮らしの循環を解説|10/9 8:00
10月9日(金)8時からNHK BSP4Kで、新日本風土記「奥出雲」が再放送されます。2024年に制作された回で、島根県奥出雲町の棚田、たたら製鉄、鍛冶、そば、そろばん、ホッケー、秋祭りなど、地域に受け継がれてきた暮らしが描かれます。
この回をより深く楽しむ鍵は、「鉄をつくる土地」と「米を育てる棚田」が別々の文化ではないことです。奥出雲では、砂鉄を採るために山を切り崩した跡地が棚田へと作り替えられ、現在の農業景観につながりました。
番組で映る美しい棚田をただの農村風景として見るのではなく、たたら製鉄から続く土地利用の歴史として見ると、奥出雲の物語がぐっと立体的になります。
新日本風土記「奥出雲」10月9日の放送情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年10月9日(金)8:00〜8:59 |
| 放送局 | NHK BSP4K |
| 番組 | 新日本風土記「奥出雲」 |
| 内容 | たたら製鉄の恩恵を受けた暮らしと伝統、棚田、鍛冶、ホッケー、そば、そろばん、秋祭りなど |
| 語り | 松たか子、井上二郎、柴田祐規子 |
| 初回制作 | 2024年 |
番組表では、水田の中にある「たたらの神さま」、米作りと牛飼いをつなぐ命の循環、鍛冶職人、ホッケーを続ける家族、若いそば職人、玉鋼を生むたたら操業、そろばん作り、五穀豊穣を願う秋祭りなどが紹介される内容と案内されています。
すでに奥出雲回の全体像を知りたい方は、新日本風土記「奥出雲」10月5日放送の記事もあわせて読むと、今回の記事で扱う「たたらと棚田」の位置づけが分かりやすくなります。
奥出雲のたたら製鉄と棚田はなぜつながる?
結論からいうと、砂鉄を採った土地を農地として再生したことが、現在の棚田景観につながったからです。
奥出雲町公式観光ガイドによると、この地域では古代からたたら製鉄が続けられてきました。たたら製鉄は、粘土で築いた炉に砂鉄と木炭を入れ、鉄をつくる日本古来の製鉄法です。奥出雲では、この伝統的なたたらの技術が今も守られています。
鉄をつくるためには、まず原料となる砂鉄が必要です。奥出雲では「鉄穴流し」と呼ばれる方法で、砂鉄を含む山の土を切り崩し、水流を利用して比重の重い砂鉄を選び出していました。
この作業は山の地形そのものを変える大規模なものでした。ただし、砂鉄を採り終えた跡地をそのまま荒れ地にせず、人々は土地を整え、水田へと変えていきました。ここが奥出雲の景観を理解するうえで重要な点です。
鉄穴流しの跡地が棚田へ生まれ変わった
たたら製鉄のために削られた土地は、その後、平らに整備され、水を引き込める農地になりました。山間部の斜面や谷筋に階段状の水田が広がるのは、自然の地形だけでなく、長い時間をかけた人の手による土地改変の結果でもあります。
奥出雲町公式観光ガイドでは、この一連の景観が「奥出雲たたら製鉄及び棚田の文化的景観」として評価され、2014年に国の重要文化的景観に選定されたと説明されています。
つまり、番組に登場する棚田は「昔からそこにあった田んぼ」だけではありません。鉄を求めて山を利用し、その後に農地として再生し、次の世代へ引き継いできた歴史の痕跡でもあるのです。
この背景を知ってから番組を見ると、棚田の遠景が出てくる場面も、たたら製鉄の場面と別々には見えなくなります。
棚田で育つ仁多米も「たたらのその後」の物語
奥出雲の棚田では、地域を代表する米として知られる仁多米が栽培されています。公式観光ガイドでも、鉄穴流しによって生まれた跡地が棚田として再生され、現在は仁多米の生産に使われていることが紹介されています。
たたら製鉄は鉄をつくる産業ですが、その土地利用は農業にもつながりました。鉄の生産が終わった場所を再利用して食料を育てる土地に変えるという流れは、奥出雲の「使い切って終わりにしない」暮らし方を象徴しています。
番組紹介には「米作りと牛飼いをつなぐ命の循環」も登場します。米だけ、牛だけ、鉄だけを見るのではなく、それぞれが地域の暮らしの中で結びついている点が、この回の大きな見どころです。
大原新田など、たたら由来の棚田が残る
奥出雲町の大原新田は、たたら製鉄に由来する棚田として公式観光ガイドに紹介されています。江戸時代からたたら製鉄を営んだ鉄師の歴史と関わりが深く、現在も地域を代表する農村景観の一つです。
奥出雲を訪れる機会があるなら、番組に映る風景を「棚田のきれいな場所」として見るだけでなく、かつて砂鉄を採った土地がどのように田んぼへ変わったのかを想像して歩くと、見え方が変わります。
より広く奥出雲の棚田やたたらの舞台を知りたい方は、9月28日の「奥出雲」再放送記事も参考になります。
たたら製鉄には大量の木炭が必要だった
たたら製鉄では砂鉄だけでなく、大量の木炭も欠かせません。そのため、周囲の森林も鉄づくりの重要な資源でした。
奥出雲町公式観光ガイドでは、たたら製鉄に木炭を供給する森林を約30年周期で輪伐し、資源を枯らさないよう管理してきたことが説明されています。木を切り尽くすのではなく、再び育つ時間を見越して使う仕組みです。
ここにも、棚田への再生と共通する考え方があります。山から砂鉄を採ったら土地を農地へ戻す。木炭にする木を切ったら、森林が再生できるよう循環させる。たたら製鉄は自然に大きな手を加える産業でありながら、同時に、長く続けるための資源管理も必要とした仕事でした。
番組タイトルの「風土記」という言葉どおり、この回では技術そのものより、鉄づくりが土地と人の暮らしをどう形づくったかに注目すると内容をつかみやすくなります。
玉鋼と鍛冶職人の場面は何を見る?
番組では、玉鋼を生み出すたたら操業を受け継ぐ職人や、鉄の里で育まれた鍛冶職人の技も取り上げられます。
玉鋼は日本刀などにも使われる高品質な鋼として知られます。奥出雲でたたらの技術が守られていることは、古い製鉄方法を保存しているというだけではありません。原料、炉、火、職人の判断、そして次の工程へ渡す素材まで、多くの技術がつながって初めて成立します。
番組では88歳の鍛冶職人の手仕事も紹介される予定です。完成した刃物だけを見るのではなく、奥出雲でつくられた鉄がどのように生活道具へ変わり、人の暮らしに戻っていくのかを見ると、たたら製鉄の物語が一本につながります。
ホッケー・そば・そろばんも鉄の町の「現在」を映す
「奥出雲」の面白さは、たたら製鉄の歴史だけで終わらないことです。番組ではホッケーに取り組む親子三代、たたら跡地と関わるそば栽培、そろばん作りを続ける職人なども描かれます。
これらは一見すると鉄とは別の話題ですが、番組全体では「土地にあるものを使い、仕事や技を次の世代へ渡す」という共通点が見えてきます。
たたらが栄えた時代から産業の形が変わっても、土地に根づく仕事や地域文化は形を変えながら続いています。古い技術を保存するだけでなく、今暮らしている人たちの選択まで映すところが、新日本風土記らしい部分です。
10月9日の再放送で注目したい3つのつながり
今回の「奥出雲」を見るときは、個々の名物を覚えるより、次の3つのつながりを意識すると理解しやすくなります。
- 砂鉄採取と棚田:鉄穴流しで地形を変えた跡地を農地に再生した
- たたらと森林:木炭を確保するため、森林を循環利用してきた
- 鉄と暮らし:玉鋼、鍛冶、農業、祭りなどが地域の生活の中で受け継がれている
番組紹介にある「たたらの恩恵に浴した暮らしと伝統」という言葉は、この3つをまとめた表現と考えると分かりやすいでしょう。
奥出雲の風景は、美しい棚田、深い山、古い神話の舞台としてだけでなく、人が鉄をつくりながら土地を作り直してきた風景でもあります。
「奥出雲」を文化的景観として見ると何が分かる?
奥出雲の特徴は、自然だけを守った景観でも、産業遺産だけを残した景観でもないところにあります。砂鉄を採るために人が山へ手を加え、その跡地を水田に変え、森林は木炭の供給源として循環利用してきました。人の営みそのものが景色をつくった地域です。
そのため、番組で棚田、森、鍛冶、農作業、祭りが次々に映っても、話題が飛んでいるわけではありません。どれも「たたらと共に暮らした土地が、現在まで何を残したか」という一本の線で結ぶことができます。
奥出雲町の公式観光情報がこの地域を「文化的景観」として紹介しているのも、建物や史跡一つではなく、土地の使い方、農業、森林、集落、仕事を含めた全体に価値があるためです。再放送では、人物の言葉だけでなく、その人の背後に映る田畑や山の形にも注目すると、番組が伝えようとしている時間の長さを感じやすくなります。
参考にした情報
よくある質問
新日本風土記「奥出雲」は10月9日の何時から放送されますか?
2026年10月9日(金)8:00〜8:59にNHK BSP4Kで放送予定です。2024年に制作された「奥出雲」の再放送です。
奥出雲のたたら製鉄と棚田にはどんな関係がありますか?
砂鉄を採る「鉄穴流し」で削られた土地を、採取後に整えて水田へ再生したことが大きな関係です。現在の棚田には、たたら製鉄による土地利用の歴史が残っています。
番組には誰が出演しますか?
番組表では、語りとして松たか子、井上二郎、柴田祐規子の名前が案内されています。
まとめ
10月9日放送の新日本風土記「奥出雲」は、たたら製鉄の技そのものだけでなく、鉄づくりが棚田、米、森林、鍛冶、地域の仕事や祭りへどうつながってきたかを描く回です。
特に注目したいのは、砂鉄を採った跡地が棚田へ再生され、現在の仁多米の生産にもつながっている点です。たたら製鉄と棚田は、産業と農業という別々の風景ではなく、同じ土地の歴史の前半と後半として見ることができます。
このつながりを知ってから見ると、奥出雲の棚田や職人の手仕事が、単なる名所紹介ではなく、長く続いてきた暮らしの循環として感じられるはずです。

