みんテレ増刊号 北24条「札幌飛行場」門柱はどこ?正門跡の場所と歴史を解説【9/29再放送】|9/29 00:15
2026年9月29日0時15分から北海道文化放送で再放送される「みんテレ増刊号」。今回の注目は、千須和侑里子アナウンサーが歩く札幌・北24条エリアと、住宅街に今も残る「札幌飛行場」の門柱です。
札幌市の公式資料を確認すると、この門柱はかつて北24条以北にあった札幌飛行場の正門跡。大正15年(1926年)に旧北海タイムス社が報道用に滑走路を使い始めたことが起点とされ、現在は北区北24条西8丁目に門柱が残っています。
みんテレ増刊号「北24条」企画の放送情報
| 項目 | 内容 |
| 放送日時 | 2026年9月29日(火)0:15~0:35 |
| 放送局 | 北海道文化放送(UHB) |
| 番組 | みんテレ増刊号(再放送) |
| 企画 | ちすわのマチある記/北24条エリア |
| 出演 | 千須和侑里子、糸口真子(UHBアナウンサー) |
| 注目スポット | 札幌飛行場正門跡、北24条周辺 |
番組表では9月29日0時15分枠は「みんテレ増刊号」の再放送として案内されています。北24条企画は9月26日11時30分の放送内容としても確認でき、千須和アナが街の新しい魅力を探す内容です。
札幌飛行場の門柱はどこ?北24条西8丁目に残る正門跡
札幌市の「平和バーチャル資料館」によると、現在残っている札幌飛行場の正門跡は札幌市北区北24条西8丁目です。今の街並みからは想像しにくいですが、この一帯に滑走路が広がっていました。
北24条駅からも歩ける範囲にあり、札幌市北区の「歴史と文化の八十八選」にも選ばれています。門柱のそばには、飛行場をしのぶプロペラ形のブロンズ像「風雪」碑があります。
札幌飛行場はいつできた?1926年の報道用飛行場が始まり
札幌市公式資料では、大正15年(1926年)に旧北海タイムス社が報道用のため北24条以北を滑走路として利用したのが始まりとされています。その後に拡張され、東京との定期航空路を持つ飛行場へ発展しました。
現在の札幌の空の玄関といえば新千歳空港や丘珠空港を思い浮かべますが、その前段階として北24条に航空交通の拠点があったことになります。
なぜ札幌飛行場はなくなった?戦時利用と1945年の閉鎖
札幌飛行場は民間利用だけではありません。札幌市によると、1936年の陸軍特別大演習では観兵式の会場となり、戦時中には室蘭の防空を目的に陸軍飛行第13戦隊が配備されました。
終戦に伴って1945年に飛行場は閉鎖されました。現在は住宅地となり、正門の門柱が当時を伝える数少ない痕跡として残されています。「なぜ住宅街に飛行場の門柱があるの?」という番組の疑問は、こうした街の変化につながっています。
北24条エリアは「昔の飛行場跡」を探しながら歩くと面白い
札幌市北区の資料では、北27条公園通りも、かつて札幌飛行場の防風緑地があった場所と紹介されています。つまり正門跡だけを見るのではなく、周辺の道路や公園の成り立ちまでつなげると、飛行場の広がりを想像しやすくなります。
番組では可愛い馬とのふれあいも予告されており、歴史スポットだけで終わらず、現在の北24条エリアの新しい魅力を組み合わせた街歩きになっています。
関連情報|みんテレ増刊号の過去紹介スポット
「みんテレ増刊号」は、平日夕方の「みんテレ」からグルメ、新スポット、暮らし情報などを選んで紹介する番組です。最近の当サイト記事では、すーぷかりーひげ男爵の住所・営業時間や、みんテレ増刊号の紹介店・直近グルメまとめも掲載しています。
今回の北24条回は店名検索よりも「札幌飛行場 門柱」「北24条 飛行場跡」「どこにある」といった歴史・場所系の検索に答えやすい内容です。
よくある質問(FAQ)
札幌飛行場の正門跡はどこにありますか?
札幌市北区北24条西8丁目です。現在は門柱が残り、隣にプロペラをモチーフにした「風雪」碑があります。
北24条に飛行場があったのはいつですか?
1926年に旧北海タイムス社が報道用にこの地域を滑走路として利用したことが始まりとされ、1945年に閉鎖されました。
9月29日のみんテレ増刊号は何時からですか?
2026年9月29日(火)0時15分から0時35分まで、北海道文化放送で再放送予定です。
まとめ
みんテレ増刊号の北24条企画で登場する「札幌飛行場」の門柱は、北区北24条西8丁目に残る旧飛行場の正門跡です。1926年に報道用飛行場として始まり、東京との定期便や戦時中の軍用を経て1945年に閉鎖されました。現在の住宅街に残る門柱を見ると、北24条の街が約100年で大きく姿を変えたことが分かります。

