磯田道史の歴史をゆく関ケ原SP|石田三成はなぜ負けた?家康の戦略と寝返りを解説|9/23 20:00

2026年9月23日(水)の「磯田道史の歴史をゆく」は、20:00〜21:54の2時間SP。テーマは「関ケ原の戦いの真実」です。番組では関ケ原の古戦場を巡る“見える化バスツアー”を通して、石田三成がなぜ敗れ、徳川家康がどのように東軍を勝利へ導いたのかを現地調査します。

関ケ原は「小早川秀秋の寝返りで決まった」と一言で説明されがちですが、実際には布陣、情報戦、武将同士の人間関係、開戦後の判断が複雑に絡みます。放送前に主要ポイントを整理しておくと、現地の地形と武将の心理がつながって見えてきます。

磯田道史の歴史をゆく 関ケ原SPの放送情報

放送日2026年9月23日(水)
放送時間20:00〜21:54
放送局BS日テレ/BS日テレ4K
テーマ関ケ原の戦いの真実 2時間SP
出演磯田道史、田中道子

BS日テレ公式は、歴史の現場を実際に歩き、磯田道史さんの視点と解説で「真実」と「ロマン」をひも解く番組と紹介しています。今回も書状や戦況図だけではなく、現地に残る陣跡の位置関係が重要な材料になります。

石田三成はなぜ負けた?まず押さえたい3つのポイント

1つ目は西軍の統制の難しさです。石田三成は西軍の中心人物でしたが、すべての武将を自分の家臣として指揮できたわけではありません。豊臣政権内部の利害や感情が入り混じり、命令系統が一本化されにくい連合軍でした。

2つ目は小早川秀秋らの動向です。岐阜関ケ原古戦場記念館の公式解説では、小早川秀秋は松尾山に布陣し、東軍への寝返りを決断。さらに脇坂安治らの部隊も東軍側へ転じ、西軍崩壊の大きな契機になったと説明されています。

3つ目は家康の戦況判断です。徳川家康は午前11時ごろ、戦況を把握しやすい三成陣の正面近くへ本陣を移したとされています。単なる兵力差だけでなく、「どこで状況を見るか」「誰にどう働きかけるか」という指揮の差が勝敗に影響しました。

関ケ原の地形を見ると「三成の敗因」が分かりやすい

石田三成は笹尾山に陣を置き、関ケ原を見渡せる高所を押さえていました。地形だけを見れば不利な場所とは言い切れません。麓の島左近らも善戦したとされます。

一方で、西軍右翼側には松尾山の小早川秀秋、大谷吉継の正面にも寝返りの可能性がある部隊が存在しました。つまり「良い陣地を取ったか」だけではなく、周囲の味方が最後まで味方として動くかどうかが致命的でした。番組のバスツアー形式は、この距離感を映像で理解できるのが強みです。

関ケ原の現地スポットを先に確認したい人は、関ケ原町ロケ地・古戦場記念館・石田三成陣跡の記事も合わせてどうぞ。

磯田道史さんの過去回からつながる「家康の戦略」

この番組では9月2日に彦根城を取り上げ、徳川家康が戦後の西国支配をどう固めたのかを扱いました。関ケ原の勝利は戦場で終わるのではなく、その後の城・大名配置・交通路の支配へつながっていきます。

関連して、磯田道史の歴史をゆく 彦根城回を読むと、関ケ原後に家康が何を警戒していたのかが分かりやすくなります。また、直近の竹中半兵衛の実像を扱った回も、軍師像を史実と創作に分けて考える点で今回と相性の良い記事です。

石田三成そのものを人物面から整理したい場合は、石田三成の太閤検地・関ヶ原・秀吉との関係も参考になります。

よくある質問

「磯田道史の歴史をゆく」関ケ原SPは何時から?

2026年9月23日(水)20:00〜21:54にBS日テレで放送予定です。

今回のテーマは何ですか?

関ケ原の戦いを現地の痕跡から見える化し、石田三成がなぜ敗れたのか、徳川家康がどのように勝利へ導いたのかを検証する2時間SPです。

出演者は誰ですか?

番組公式では歴史学者の磯田道史さんと田中道子さんが出演者として案内されています。

まとめ|関ケ原は「裏切り一発」ではなく連合軍と情報戦の戦い

9月23日の2時間SPは、関ケ原を現地から見直し、石田三成の敗因と徳川家康の戦略を立体的に理解する回です。西軍には有利な布陣や善戦した部隊もありましたが、連合軍の結束、小早川秀秋らの動向、家康の戦況判断が重なって流れが東軍へ傾きました。

「三成はなぜ負けたのか」という疑問に対しては、ひとつの原因ではなく、人間関係・地形・指揮・内応が同時に作用したと見るのがポイントです。番組では古戦場の距離感を映像で確かめながら、その複雑さを楽しめます。

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