TV

  • HOME
  • ブログ
  • TV
  • 関口宏の一番新しい近現代史11月7日|スプートニクと東京タワー、1957~58年は何が変わった?|11/7 12:00

関口宏の一番新しい近現代史11月7日|スプートニクと東京タワー、1957~58年は何が変わった?|11/7 12:00

2026年11月7日(土)12時からBS-TBS/BS-TBS 4Kで放送される「関口宏の一番新しい近現代史」は、宇宙開発時代の到来が大きなテーマです。番組表では、世界初の人工衛星と東京タワー完成が今回のポイントとして示されています。

この時代を押さえる鍵は、1957年のスプートニク1号と1958年の東京タワー完成です。米ソ冷戦が軍事や外交だけでなく宇宙へ広がる一方、日本では高度経済成長の象徴となる巨大インフラが姿を現しました。11月7日回を見る前に、この二つの出来事が同じ時代に起きた意味を整理します。

11月7日の放送日時と出演者

項目内容
放送日時2026年11月7日(土)12:00~12:54
放送局BS-TBS/BS-TBS 4K
番組名関口宏の一番新しい近現代史
今回のテーマ宇宙開発時代の到来、初の人工衛星、東京タワー完工
出演関口宏、小泉悠、岩間陽子 ほか

Gガイドでは11月7日12時からの放送として「宇宙開発時代の到来!初の人工衛星・東京タワー完工」と案内されています。WEBザテレビジョンの番組情報では、関口宏さんに加え、小泉悠さん、岩間陽子さんの出演が掲載されています。

BS-TBS公式ページでは、このシリーズを日本と世界が激動した戦後史を振り返る番組として紹介しています。今回も政治史だけでなく、科学技術と社会の変化を重ねて見る回になりそうです。

世界初の人工衛星スプートニク1号は何がすごかった?

1957年10月、ソ連は世界初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功しました。 JAXA宇宙科学研究所の「日本の宇宙開発の歴史」でも、1957年10月のスプートニク打ち上げが、その後の宇宙開発への関心を大きく高めた出来事として紹介されています。

人工衛星を地球の周回軌道に乗せるという成功は、単に科学の新記録ではありませんでした。第二次世界大戦後の世界でアメリカとソ連が競い合うなか、ロケット技術が軍事技術とも密接につながっていたため、宇宙で先行したこと自体が国力や技術力を示す意味を持ちました。

なぜ「スプートニク・ショック」と呼ばれたの?

先を越されたアメリカにとって、スプートニクの成功は大きな衝撃でした。JAXAの資料では、スプートニク1号の成功をきっかけに米ソの宇宙開発競争が始まったと説明されています。

翌1958年1月にはアメリカも人工衛星エクスプローラー1号の打ち上げに成功し、同年にはNASAが設立されます。つまり1957~58年は、宇宙開発が一部の研究者の挑戦から、国家規模の競争へと一気に変わった時期でした。

11月7日回のタイトルに「宇宙開発時代の到来」とあるのは、まさにこの変化を指していると考えると分かりやすいです。冷戦は国境や軍事同盟だけでなく、地球の外へ競争の舞台を広げていきました。

日本では宇宙開発への関心がどう高まった?

スプートニクの成功は日本にも強い刺激を与えました。JAXA宇宙科学研究所によると、ソ連に続いてアメリカが1958年1月にエクスプローラーを軌道へ送ると、日本でも宇宙開発への関心が高まったとされています。

日本ではすでに1955年に糸川英夫博士らによるペンシルロケットの実験が始まっていましたが、世界初の人工衛星成功は「宇宙開発」が現実の国家プロジェクトになったことを強く印象づけました。その後、日本では1960年に宇宙開発審議会が設けられ、1964年には科学技術庁に宇宙開発推進本部が置かれます。

今回の番組を見るときは、米ソの競争だけでなく、その衝撃が日本の科学技術政策にどのような空気をもたらしたのかにも注目したいところです。

東京タワーはいつ完成した?1958年が象徴するもの

今回もう一つの大きなテーマが東京タワーの完成です。東京タワー公式のタワーギャラリーによると、東京タワーは1958年12月23日に完成しました。設計指導は内藤多仲氏で、工期はわずか1年半、高さは333メートルでした。

当時、333メートルという高さはパリのエッフェル塔を上回り、世界で最も高い自立鉄塔でした。東京タワーは観光名所であると同時に、テレビ放送時代を支える電波塔として建設された施設です。

なぜ東京タワーは「戦後復興の象徴」と呼ばれる?

東京タワー公式は、完成当時の日本が高度経済成長期に入り、東京タワーを戦後日本の復興の象徴とも位置づけています。終戦から13年後、日本の首都に世界有数の高さを誇る鉄塔が完成したことは、都市インフラ、放送、建築技術が大きく伸びていたことを示す出来事でした。

1957年のスプートニクと1958年の東京タワーを並べると、世界では宇宙へ、日本では空へ向かって技術競争が加速していたことが見えてきます。分野は違いますが、どちらも「戦後の科学技術が社会の姿を変える」という時代の空気を象徴しています。

1957~58年は冷戦と高度成長が同時進行した時代

前回までの「関口宏の一番新しい近現代史」では、1950年代の日本政治や安全保障、東西冷戦の緊張が続けて取り上げられてきました。10月31日放送回では55年体制や日ソ共同宣言がテーマとなっており、政治体制と外交の転換が中心でした。

前回の流れを踏まえると、11月7日回は政治や外交だけでは見えにくい科学技術と生活環境の変化に視点を広げる回として見ることができます。

1950年代後半、日本は経済成長を進めながらテレビ放送が広がり、都市の景観も大きく変わっていきました。一方、世界では核兵器やミサイル技術と切り離せない形で宇宙開発競争が激化します。同じ「技術進歩」でも、人々の暮らしを豊かにする面と、国際緊張を高める面が同時に存在していたのがこの時代です。

前回10月31日は55年体制と日ソ共同宣言

10月31日の既存記事では、1955年に保守合同で自由民主党が成立し、いわゆる55年体制が形づくられたことや、鳩山一郎内閣の日ソ共同宣言が扱われました。

関口宏の一番新しい近現代史10月31日|55年体制と日ソ共同宣言を整理では、今回より少し前の政治・外交の流れを確認できます。

政治の枠組みが固まりつつあった日本で、その数年後には東京タワーが完成し、テレビを中心とする新しい大衆文化が広がっていきます。前回と今回を続けて見ると、1950年代後半の日本が制度と生活の両面で大きく変化していたことがつかみやすくなります。

今回の見どころは「二つの空」を比べること

今回の題材には、世界の「宇宙」と東京の「空」という二つの視点があります。スプートニクは地球の外へ広がる大国間競争の象徴であり、東京タワーは日本の都市と放送インフラが上へ伸びていく象徴です。

この二つを同じ時代の出来事として見ると、1957~58年が単なる年表上の通過点ではなく、科学技術が国際政治と日常生活の双方を変え始めた節目だったことが分かります。

番組では関口宏さんが、出来事の背景や当時の選択をどのように問い直すのかも注目点です。とくに、米ソの宇宙開発競争がその後の世界秩序にどうつながったのか、東京タワーが日本人の生活やメディア環境の変化をどう象徴したのかを意識すると、内容を追いやすくなりそうです。

シリーズの流れで見る11月7日回の位置づけ

BS-TBS公式バックナンバーでは、10月3日に朝鮮戦争、10月10日にサンフランシスコ講和条約が扱われ、その後も1950年代の安全保障や政治体制へと年代を進めています。今回の11月7日回は、その流れの先にある1957~58年の科学技術と社会の転換へ焦点が移る回として見ることができます。

朝鮮戦争や講和、安全保障体制の形成を経たあと、冷戦は軍事・外交だけでなく人工衛星やロケットをめぐる技術競争へ広がりました。一方の日本では、占領から独立を回復した数年後に東京タワーが完成し、テレビ放送を支える新しい都市インフラが整っていきます。

つまり11月7日回は、これまで番組が追ってきた「戦後の制度づくり」の延長で、技術が国際関係と日常生活をどう変えたかを見る節目にあたります。過去回の政治史とつなげて見ることで、1950年代後半が外交だけでなく暮らしの景色まで変わった時代だったことがつかみやすくなります。

参考にした情報

よくある質問

関口宏の一番新しい近現代史11月7日は何時から?

2026年11月7日(土)12:00~12:54に、BS-TBSとBS-TBS 4Kで放送予定です。

11月7日回のテーマは何ですか?

「宇宙開発時代の到来」がテーマで、世界初の人工衛星スプートニク1号と、1958年に完成した東京タワーが大きな題材として示されています。

スプートニク1号はいつ打ち上げられましたか?

1957年10月です。JAXAの資料では、ソ連の成功をきっかけに米ソの宇宙開発競争が本格化したと説明されています。

東京タワーはいつ完成しましたか?

東京タワー公式によると、1958年12月23日に完成しました。高さは333メートルで、当時は世界で最も高い自立鉄塔でした。

まとめ

11月7日の「関口宏の一番新しい近現代史」は、1957年のスプートニク1号と1958年の東京タワー完成を手がかりに、戦後世界と日本の技術革新を見ていく回です。

宇宙では米ソ冷戦が国家規模の開発競争に変わり、日本では高度経済成長とテレビ時代を象徴する東京タワーが完成しました。前回の55年体制や日ソ共同宣言から一歩進み、政治・外交だけでなく科学技術と暮らしの変化まで視野を広げて見ると、1950年代後半の輪郭がよりはっきり見えてきます。

このテーマの関連記事はこちら