TV

  • HOME
  • ブログ
  • TV
  • 道との遭遇11月1日再放送|名古屋の大幸川・精進川はなぜ消えた?堀川と新堀川の暗渠道|11/1 15:30

道との遭遇11月1日再放送|名古屋の大幸川・精進川はなぜ消えた?堀川と新堀川の暗渠道|11/1 15:30

2026年11月1日(日)15時30分からCBCテレビで放送される「道との遭遇」は、名古屋に残る暗渠道をたどる回の再放送です。番組表では「名古屋の知られざる橋」「こんな所に川が?」と案内され、堀川の誕生の裏で姿を消した川を追います。

今回の中心になるのは、現在は道路の下などに隠れている大幸川(だいこうがわ)と精進川(しょうじんがわ)です。CBCの公式記事では、大幸川と堀川、精進川と新堀川の関係をたどりながら、かつて架かっていた彩紅橋や裁断橋の痕跡を探しています。

すでにキニナルには橋の名前と場所を中心に整理した記事があるため、ここでは「なぜ川が消えたのか」「人工の川ができることで街の水路がどう変わったのか」という流れを中心にまとめます。

道との遭遇11月1日の放送日時と出演者

項目内容
放送日時2026年11月1日(日)15:30〜16:00
放送局CBCテレビ(三重・岐阜・愛知)
番組道との遭遇
放送形態再放送
MCミキ(昴生・亜生)
道マニア髙山英男
主なテーマ名古屋の暗渠道、大幸川、精進川、彩紅橋、裁断橋

CBCの番組公式サイトでは、「道との遭遇」を全国のユニークな道をさまざまな視点で楽しむ番組として紹介し、MCはミキの亜生さんと昴生さんと掲載しています。

11月1日の番組表では「名古屋の知られざる橋」「堀川誕生の裏で消えた川の暗渠道」と案内されています。再放送のため、内容の中心はCBCが2024年2月13日放送分として公開した名古屋の暗渠企画と一致します。

名古屋の大幸川はなぜ暗渠道になった?

大幸川は、現在の名古屋市北区から大曽根方面を通り、堀川へつながっていた自然河川です。 CBC公式記事では、道マニアの髙山英男さんが堀川との合流地点から大幸川の暗渠道をたどっています。

堀川は名古屋城の舟運を支えるために造られた人工河川

名古屋の中心部を流れる堀川は、もともと自然にできた川ではなく、名古屋城築城と城下町の整備に合わせて造られた人工河川です。CBC公式記事では、徳川家康の命によって名古屋城への舟運のために開削された川として説明されています。

堀川が整備される一方、周辺にはもともと複数の自然河川がありました。その一つが大幸川です。番組では「大きな人工河川の誕生によって、もともとの川が街の中でどのような役割を失い、姿を変えていったのか」を道路から読み解いていきます。

現在は川面が見えなくても、道の曲がり方、橋の名前、古い欄干や親柱などが残っていると、そこに川があった可能性を感じ取れます。暗渠の面白さは、地図の上では普通の道路に見える場所から、昔の水の流れを逆算できるところにあります。

彩紅橋の名前が川の記憶を残している

大幸川の暗渠道を進んだ先には、彩紅橋(さいこうばし)通という名前が残っています。CBC公式記事によると、ここにはかつて大幸川に架かる彩紅橋があり、川や橋が消えた後も地名として記憶が残りました。

番組では周辺の住民に話を聞きながら、昭和初期に道路が拡張されていった歴史にも触れています。道路交通や市電など都市の仕組みが変わるにつれ、川と橋の姿も変化していったことが分かります。

また、近くの六所社には当時の彩紅橋の欄干が保存されているとCBC公式記事で紹介されています。現在の道路だけを見ていると気づきにくいものの、こうした部材が残っていることで「ここに本当に橋があった」という実感につながります。

橋の名称や現地の痕跡を詳しく確認したい方は、既存記事の「道との遭遇」名古屋の知られざる橋・彩紅橋と裁断橋の解説もあわせて読むと流れをつかみやすいです。

精進川はなぜ新堀川に変わった?

精進川は、熱田神宮の近くを流れていた自然河川で、その多くが新堀川の整備によって姿を変えました。 CBC公式記事では、精進川は曲がりくねった川で、舟運には使いにくかったため、より広く直線的な新堀川として改修されたと紹介されています。

堀川が造られてから約300年後、名古屋の街が発展すると、水運をさらに活発にする必要が生じました。その中で新堀川が整備され、元の精進川の流れは大きく変わっていきます。

精進川は熱田神宮参拝とも関わる川だった

CBC公式記事では、地元の方の話として、精進川は熱田神宮へ参拝する前に身を清める川だったと紹介されています。単なる排水路ではなく、人々の暮らしや信仰ともつながっていた川だったことが分かります。

一方で、明治以降は周辺の土地利用が大きく変化しました。CBCの記事では、明治37年(1904年)の日露戦争を背景に熱田兵器製造所の整備が進み、その後の造成や水運確保とも関係して川が改修されたとしています。

さらに大正15年(1926年)には、残っていた精進川の一部も埋め立てられたと紹介されています。現在の街並みからは想像しにくいものの、かつての川は道路や住宅地の下へ入り、暗渠道として痕跡を残すことになりました。

裁断橋は精進川の痕跡を伝える場所

熱田区伝馬町周辺では、精進川に架かっていた裁断橋の痕跡が紹介されます。CBC公式記事によれば、現在の姥堂には裁断橋を縮小復元したものがあり、かつての橋に使われていた擬宝珠は名古屋市博物館に所蔵されているとされています。

川そのものが見えなくなっても、橋名や復元物、寺社の位置関係から昔の水路を追えるのがこの回の見どころです。大幸川と精進川を並べて見ると、名古屋の街では「人工の川を新たに造ること」と「既存の自然河川が暗渠化・埋め立てられること」が同時に進んでいたことが見えてきます。

大幸川と精進川の違いを整理

番組に登場する2つの川は、どちらも現在は暗渠の痕跡をたどることになりますが、街の変化との関わり方は同じではありません。

川番組で分かるポイント
大幸川堀川へ合流していた自然河川。彩紅橋などの痕跡が残る
精進川熱田神宮周辺を流れ、新堀川の整備で流路が大きく変化した
堀川名古屋城への舟運を目的に造られた人工河川
新堀川街の発展と舟運のため、精進川を基に大きく改修された人工河川

大幸川は「堀川の陰で消えていった自然河川」、精進川は「新堀川へ姿を変えた自然河川」と捉えると、番組の流れが理解しやすくなります。

暗渠道はどこを見れば分かる?

番組でたどる暗渠道には、いくつか共通する手がかりがあります。最も分かりやすいのは、橋の名前だけが交差点名や道路名に残っているケースです。彩紅橋通のように、現在は川が見えなくても橋の名前が残ると、かつての地形を知る入口になります。

また、橋の欄干や親柱、寺社に残る復元物も重要な痕跡です。CBCの名古屋回では、六所社に保存された彩紅橋の欄干、姥堂に残る裁断橋の痕跡などが紹介されます。

道の形も手がかりになります。自然河川は直線ではなく曲がりながら流れることが多いため、周囲の道路と比べて不自然に曲がる細い道が、昔の川筋を引き継いでいる場合があります。番組はこうした小さな違和感を拾いながら、街の歴史へつなげていく構成です。

11月1日放送は再放送なの?

11月1日15時30分のCBCテレビ放送は再放送です。 Gガイドの番組情報には再放送を示す表記があり、内容は「名古屋の知られざる橋」「堀川誕生の裏で消えた川の暗渠道」と案内されています。

CBC公式マガジンでは、同じ名古屋の暗渠道企画を2024年2月13日放送分として公開しています。そこでは髙山英男さんが大幸川と精進川をたどり、彩紅橋や裁断橋の痕跡を紹介しており、今回の番組表の内容と一致します。

2024年2月13日の本放送では、堀川と大幸川の合流地点から北区の暗渠道を進み、さらに熱田区へ移って精進川と新堀川の関係を追う流れでした。11月1日の再放送では、現在の道路を見ながら二つの自然河川の歴史を続けて確認できる点が見どころです。

見逃し配信はある?

CBCの「道との遭遇」公式ページには見逃し配信の案内があり、CBC MAGAZINEの記事からもLocipoとTVerへの導線が設けられています。

ただし、11月1日の再放送分がそのまま見逃し配信の対象になるかは、放送前の時点で公式に明示されていません。視聴する場合は、放送時間の15時30分からCBCテレビで確認するのが確実です。

参考にした情報

よくある質問

道との遭遇11月1日の名古屋回は何時からですか?

2026年11月1日(日)15時30分から16時まで、CBCテレビで放送される再放送です。

大幸川は現在も流れていますか?

番組でたどる区間は暗渠となっており、現在は道路などの下に川の痕跡が残ります。彩紅橋の名前や保存された欄干などが、かつて川があったことを伝えています。

精進川と新堀川はどんな関係ですか?

精進川は熱田神宮周辺を流れていた自然河川で、舟運を目的とした新堀川の整備により多くの区間が改修されました。残った区間も後に埋め立てられ、現在は暗渠の痕跡をたどれます。

まとめ

11月1日放送の「道との遭遇」は、名古屋の大幸川と精進川を手がかりに、見えなくなった川と現在の街をつなぐ暗渠道をたどる再放送です。

大幸川は堀川へ合流していた自然河川で、彩紅橋の名前や欄干が痕跡として残っています。精進川は熱田神宮とも関わりがあり、その多くが新堀川の整備によって姿を変え、裁断橋などに昔の記憶が残りました。

橋そのものを知るだけでなく、「なぜこの道が曲がっているのか」「なぜ川のない場所に橋の名前が残るのか」という視点で見ると、名古屋の街並みがこれまでとは違って見えてくる回です。

このテーマの関連記事はこちら