テレビ寺子屋10月25日渡部陽一|恩師の「石の上にも15年」と子どもへのメッセージ|10/25 6:15
10月25日(日)6時15分からテレビ新広島1で放送される「テレビ寺子屋」は、戦場カメラマンの渡部陽一さんが登場する「戦場カメラマンからのメッセージ」です。長い間写真がメディアに採用されなかった時期を支えた恩師の言葉と、好きなことを続ける意味が語られます。
今回の核になるのは、恩師から贈られた「石の上にも15年」という言葉です。戦場取材と生活のためのアルバイトを繰り返しながら写真を撮り続けた渡部さんが、なぜ諦めずに続けられたのか、そして子どもたちに何を伝えたいのかが分かる講演です。
テレビ寺子屋10月25日の放送日時と講師
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年10月25日(日)6:15〜 |
| 放送局 | テレビ新広島1(TSS) |
| 番組 | テレビ寺子屋 |
| テーマ | 戦場カメラマンからのメッセージ |
| 講師 | 渡部陽一 |
| 職業 | 戦場カメラマン |
テレビ静岡の公式バックナンバーでは、この講演は第2463回として2025年12月21日に放送された回で、会場は浜松市の聖隷クリストファー中・高等学校と記録されています。10月25日のTSSでは、この講演回が放送されます。
テレビ静岡公式には講演本文も掲載されており、渡部さんが20歳頃にアフリカを旅した経験から戦場カメラマンを志したこと、写真が長く採用されなかった下積み時代、恩師から受け取った言葉、そして子どもたちへ向けたメッセージまで確認できます。
渡部陽一が戦場カメラマンを目指したきっかけ
渡部さんは20歳の頃、バックパッカーとしてアフリカのジャングルを訪れました。現地では民族衝突が起き、多くの子どもたちが助けを求めてくる状況に直面したと、テレビ静岡の公式ページで語っています。
当時は学生で、目の前の子どもたちを自分の力で直接助けることはできませんでした。そこで「自分にできることは何か」と考えた時、子どもの頃から好きだったカメラが浮かんだといいます。
写真に残して持ち帰れば、遠く離れた場所で起きていることを多くの人へ伝えられるかもしれない。泣いている子どもが少なくなるきっかけを作れるかもしれないという思いが、「戦場カメラマンになる」という決意につながりました。
渡部陽一さんの公式プロフィールでも、学生時代から世界の紛争地域を専門に取材し、ルワンダ内戦、コソボ紛争、イラク戦争、アフガニスタン紛争など多くの現場を訪れてきたことが紹介されています。戦場で暮らす人たちの声や家族の絆を写真で伝えることが、長年の活動の軸になっています。
写真が使われない長い時期をどう乗り越えた?
戦場カメラマンを目指したからといって、すぐに仕事として成り立ったわけではありません。テレビ静岡公式の講演内容によると、渡部さんは20歳から長い間、撮影した写真をメディアに持ち込んでも使ってもらえない時期を経験しました。
港でバナナを運びながら取材費を貯めた
写真が採用されないため、カメラマンとしての収入はありませんでした。そこで生活のために港でアルバイトをし、タンカーで運ばれてきたバナナを一箱ずつトラックへ積む仕事を続けたと語っています。
得たお金の半分を生活費、もう半分を戦場取材の費用に回し、再び取材へ向かう。帰国すると新聞社や雑誌社などを回って写真を見てもらうものの、採用されず、また港へ戻るという生活が続きました。
「戦場とバナナ」の往復は数年で終わらず、3年、7年と続き、30代に入っても状況は大きく変わらなかったといいます。華やかな肩書きからは想像しにくいほど長い下積みがあったことが、今回の講演では具体的に語られています。
恩師の「石の上にも15年」とはどんな意味?
渡部さんは戦場から日本へ戻るたび、写真の先生のもとを訪ねていました。写真が一枚も使われなかったことを報告する渡部さんに、先生は毎日シャッターを切り、多くのジャンルの写真を見続け、コツコツ続けることの大切さを伝えたといいます。
その言葉の結びが「石の上にも15年」でした。一般によく知られる「石の上にも三年」よりはるかに長い15年という時間を示し、短期間で答えが出なくても、自分で覚悟を決めた道なら続けるという考え方を渡部さんに残しました。
続けた先で初めて写真が掲載された
それでも「戦場とバナナ」の生活は続きましたが、35歳になる少し前、渡部さんの写真が初めて週刊誌に掲載されます。公式ページでは、雑誌が積まれている光景を見た時、体が震えるほど大きな出来事だったと振り返っています。
20歳頃から始めた活動が、目に見える結果として形になるまでには非常に長い時間がかかりました。だからこそ、恩師の「石の上にも15年」という言葉は、渡部さん自身の経験と重なって強い説得力を持っています。
渡部さんは、好きだからこそ地に足をつけて続けられ、続けることで同じ世界の人とのつながりや、自分が活動できる環境も整っていくと説明しています。単純に我慢し続けるという話ではなく、好きなことを続ける中で自分の居場所をつくっていくという意味で語られている点が印象的です。
子どもたちに伝えたい最大のメッセージ
講演の最後に渡部さんが子どもたちへ伝えているのは、難しい言葉ではありません。テレビ静岡公式では、好きなことや、やりたいことを積極的にやってみることが最大のメッセージとしてまとめられています。
渡部さん自身、最初から職業としての成功が約束されていたわけではなく、長い間結果が出ない状態を経験しました。それでも写真を撮り、戦場の状況を伝えるという方向から離れずに続けたことが、後の活動につながっています。
今回の講演は「夢を持てば必ず成功する」という単純な成功談ではありません。好きなことを選んだ後にも、仕事にならない時間や生活を支える別の仕事があり、それでも日々続ける行動が必要だったことまで含めて語られています。
そのため、進路や将来の仕事を考える子どもだけでなく、大人が見ても「結果が出ない時期にどう向き合うか」という視点で受け取れる内容です。継続を美化するだけでなく、現実の生活を支えながら続けた具体的な経験があるからこそ、言葉に重みがあります。
渡部陽一はどんな戦場カメラマン?
渡部陽一さんは1972年生まれ、静岡県富士市出身で、明治学院大学法学部法律学科を卒業しています。公式プロフィールでは、学生時代から世界の紛争地域を取材し、イラク戦争では米軍従軍取材を経験したことが紹介されています。
主な取材地域として、ルワンダ内戦、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、アフガニスタン紛争、スーダンのダルフール紛争、パレスチナ紛争などが挙げられています。危険な場所へ行くこと自体が目的ではなく、そこに暮らす人の声や家族の姿を持ち帰って伝えることを大切にしています。
今回の「テレビ寺子屋」でも、戦場そのものの説明だけでなく、戦場を撮り続ける仕事を選んだ理由と、その仕事を続けるまでの時間が中心です。渡部さんの独特な話し方で知られる姿だけでは見えにくい、仕事の原点に触れられる回といえます。
テレビ寺子屋の関連記事
「テレビ寺子屋」は、さまざまな分野の講師が自身の経験から学びや生き方を語る番組です。キニナルでは直近の放送についても、テレビ寺子屋10月18日「オランウータンとボルネオの森」で内容を紹介しています。
今回の渡部陽一さんの回は、動物や教育、子育てなどを扱う他の講演とは異なり、戦場取材という極端な環境での経験から「続けること」と「好きなことを選ぶこと」を考える内容です。同じ番組でも講師によってテーマが大きく変わる点が「テレビ寺子屋」の特徴です。
参考にした情報
よくある質問
テレビ寺子屋10月25日の講師は誰ですか?
戦場カメラマンの渡部陽一さんです。「戦場カメラマンからのメッセージ」をテーマに、自身が戦場カメラマンを志したきっかけや、長い下積みを支えた恩師の言葉を語ります。
「石の上にも15年」は誰の言葉ですか?
渡部陽一さんが写真を学んだ先生から掛けられた言葉として紹介されています。毎日撮り続け、さまざまな写真を見て、決めた道をコツコツ続けることの大切さを伝える言葉です。
渡部陽一さんが子どもたちに伝えたいことは何ですか?
好きなこと、やりたいことを積極的にやってみることです。渡部さん自身が長く結果の出ない時期を経験しながら好きな写真と戦場取材を続けてきた体験をもとに語っています。
まとめ
10月25日(日)6時15分からテレビ新広島1で放送される「テレビ寺子屋」は、戦場カメラマン・渡部陽一さんの「戦場カメラマンからのメッセージ」です。20歳頃のアフリカでの経験をきっかけにカメラで戦場の現実を伝えようと決意し、その後長い下積みを経験した道のりが語られます。
特に重要なのが、恩師から贈られた「石の上にも15年」という言葉です。結果が出なくても毎日シャッターを切り続けた経験を経て、渡部さんが子どもたちへ伝えるのは、好きなことややりたいことをまずやってみること。成功だけを切り取らず、続ける途中にある時間まで含めて考えられる講演です。

