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100分de名著「万葉集」第3回の旅の舞台はどこ?生駒山・暗峠と遣唐使の母の歌を現地目線で解説【10月23日】|10/23 15:05

10月23日(金)15時5分からNHK Eテレで再放送される「100分de名著“万葉集”(3)旅と別れのなかで 息子の無事を祈る母」。第3回のテーマは旅と別れです。

予告では、異国へ向かう直前に険しい山を越えて妻に会いに行った歌や、旅立つ子どもや夫の無事を願う歌が取り上げられます。歌に登場する地名を手がかりにすると、実際に訪ねられる代表的な場所として奈良・大阪府境の生駒山が浮かび上がります。

なお、番組が生駒山や暗峠で現地ロケを行ったこと自体は、確認できた公式資料では明記されていません。この記事では「番組のロケ地」と断定せず、第3回で扱われる歌の舞台・万葉ゆかりの場所として、現地を歩きたい方向けに紹介します。

10月23日「100分de名著 万葉集」第3回の放送情報

項目内容
放送日時2026年10月23日(金)15:05〜15:30
放送局NHK Eテレ
テーマ旅と別れのなかで 息子の無事を祈る母
講師上野誠
司会伊集院光、安部みちこ
朗読前原瑞樹、木竜麻生
語り浅野真澄

NHK出版の2026年10月テキストでは、今回の『万葉集』を「人間の喜怒哀楽を伝える共感の装置」として読み、文学史だけでなく、歌が人と人の思いを伝える役割に注目すると紹介しています。

第2回では恋歌や「待つ」感情が大きなテーマでした。前の回から流れを確認したい方は、100分de名著「万葉集」第2回・恋歌の見どころも参考になります。

第3回の「険しい山」は生駒山?歌から分かる場所

予告にある「異国にむかう直前に険しい山を越えて妻に会いにいった歌」は、生駒山を詠んだ遣新羅使人の歌と考えられます。

奈良県立万葉文化館の「万葉百科」には、巻15・3589番歌として、秦間満が「夕さればひぐらし来鳴く生駒山 越えてそ我が来る妹が目を欲り」と詠んだ歌が収録されています。現代語訳は、夕暮れにひぐらしが鳴く生駒山を越え、妻に会いたくて帰ってきたという内容です。

続く3590番歌も、「妹に逢はずあらばすべなみ 岩根踏む生駒の山を越えてそ我が来る」と、生駒山を越えて妻のもとへ向かう切実さを詠んでいます。

天平8年(736年)に新羅へ派遣される使節は、奈良から難波へ向かい、そこから船で海を渡る予定でした。出航前のわずかな時間に、険しい山道を越えてでも大切な人に会いたいという気持ちが、地名を伴って残っているのが印象的です。

生駒山のどの道を通ったの?

ここは断定できません。奈良県立万葉文化館は、生駒山について、大和と河内を結ぶ交通路として複数の峠越えがあり、当時の具体的なルートがどれだったかは不明としています。

現在、古道の雰囲気を体感しやすい代表的な場所が暗峠(くらがりとうげ)です。生駒市公式によると、暗峠は生駒山南側、奈良県生駒市と大阪府東大阪市の境にあり、標高は455.8メートル。奈良から難波へ至る「暗越奈良街道」は奈良時代から往来に使われたとされています。

「この歌の作者が必ず暗峠を通った」とまでは言えませんが、古代の大和と難波の間に生駒山の険しい越路があったことを体感する場所としては分かりやすいスポットです。

暗峠へ行くには?生駒市公式コースを使う方法

生駒市は公式のハイキングコースとして暗峠コースを案内しています。

近鉄「南生駒」駅から出発し、暗越奈良街道沿いの石仏寺や阿弥陀如来立像、鬼取町の鶴林寺などを経て暗峠へ向かうルートで、距離は約4キロ、徒歩約1時間20分が目安です。

暗峠そのものは、近鉄南生駒駅から南西へ約4キロ。現在も歴史を感じさせる石畳が残り、古くから奈良と大阪をつないだ道の雰囲気を感じられます。

歩くときの注意点

暗峠コースは観光施設内の遊歩道ではなく、山の中を歩くハイキングルートです。生駒市も倒木など自然環境による危険や天候への注意を呼びかけています。

万葉集の歌にある「岩根踏む」という表現を思い浮かべながら歩ける場所ですが、履き慣れた靴と飲み物を用意し、日没や悪天候を避けて余裕のある行動をしたほうが安心です。

万葉歌碑を見たいなら生駒山麓公園も候補

山道を長く歩くのが難しい場合は、生駒山麓公園も万葉ゆかりの場所として候補になります。

奈良県の万葉歌碑データベースでは、生駒山麓公園に巻15・3589番歌と3590番歌の歌碑が登録されています。つまり、第3回の予告に重なる「妻に会いたくて生駒山を越える」歌を、現地の歌碑として確認できる場所です。

生駒市公式によると、生駒山麓公園へは生駒駅南口などから送迎バスがあり、徒歩なら近鉄生駒駅から公園方面へ向かうハイキングコースも設定されています。

古道そのものを歩く暗峠と、歌碑を落ち着いて見られる生駒山麓公園では楽しみ方が違います。歌の「場所」を体感したいのか、歌そのものを碑で読みたいのかで選ぶとよいでしょう。

「息子の無事を祈る母」の歌はどこで詠まれた?

第3回のタイトルになっている「息子の無事を祈る母」は、天平5年(733年)の遣唐使が難波を出て海へ向かう時に、母が息子へ贈った歌です。

奈良県立万葉文化館の万葉百科には、巻9・1790番歌の題詞として、遣唐使船が難波を発って海へ入る時、母が子に贈った歌であることが記されています。

長歌では、一人息子が旅立つため祭具を整えて祈り、「我が思ふ我が子 ま幸くありこそ」と無事を願います。続く1791番歌では、旅先の野で霜が降るなら、空を飛ぶ鶴の群れに我が子を羽で包んでほしいと願います。

番組予告では、天平5年の遣唐使について、4隻のうちまともに戻れたのは1隻だったと紹介しています。現代の旅行とはまったく違い、「旅に出ること」がそのまま生死の不安につながる時代だったからこそ、母の祈りが強く響きます。

難波津の正確な場所は?

歌の題詞には「難波」が登場しますが、古代の港湾は現在の街区とそのまま対応するわけではありません。この記事では、現代の特定施設を「ここが1790番歌の出発地点」と断定しません。

第3回を現地目線で楽しむなら、母の歌については「難波から海へ出る遣唐使」という大きな地理的背景を押さえ、生駒山側では地名が明確に残る歌と歌碑を訪ねるのが分かりやすいでしょう。

第3回は旅の名所より「別れる人の気持ち」が軸

番組表の紹介には、噂に聞いた名所へ行けた感動を詠む歌がある一方、嵐や伝染病で命を落とすかもしれない厳しい旅の現実も描かれるとあります。

その中でも遣唐使と遣新羅使の歌が強調されているのは、旅の景色以上に、出発する人と見送る人の感情が鮮明だからでしょう。

生駒山を越えて妻に会う人、難波から海へ出る息子を祈る母。場所をたどることで、万葉集の「旅」は観光ではなく、家や大切な人から離れる大きな出来事だったことが見えてきます。

司会の伊集院光さんについて詳しく知りたい方は、伊集院光さんのプロフィール記事で経歴を紹介しています。

前回(10月12日放送)の万葉集第2回は恋歌がテーマ

前回の第2回では、『万葉集』に多く残る恋の歌を通して、「待つ」「別れる」「嫉妬する」といった感情が取り上げられました。

第3回はそこから視野を広げ、恋人や家族と物理的に離れなければならない旅へ移ります。生駒山を越える歌は妻に会いたい思い、遣唐使の母の歌は子の無事を願う思いを伝え、前回の恋歌とも自然につながっています。

第2回と第3回を続けて見ると、万葉集が古典の知識だけでなく、人と人の距離や別れをどう言葉にするかという身近な問題を扱っていることが分かります。

参考にした情報

よくある質問

100分de名著「万葉集」第3回に出てくる険しい山はどこですか?

予告の「異国にむかう直前に険しい山を越えて妻に会いにいった歌」は、遣新羅使人が詠んだ生駒山の歌と考えられます。巻15・3589番歌と3590番歌に生駒山が登場します。

生駒山の万葉ゆかりの場所は実際に歩けますか?

はい。生駒市は近鉄南生駒駅から暗峠へ向かう約4キロ、徒歩約1時間20分のハイキングコースを案内しています。ただし古代に歌人が通った正確なルートは確認できないため、暗峠を歌の道そのものと断定はできません。

「息子の無事を祈る母」の歌は何番ですか?

中心となる長歌は万葉集巻9・1790番歌で、反歌が1791番歌です。天平5年の遣唐使船が難波から海へ出る時、母が旅立つ息子の無事を願って贈った歌です。

まとめ

10月23日再放送の「100分de名著“万葉集”(3)」を場所から読み解くと、代表的な舞台として生駒山が見えてきます。妻に会うため山を越えた遣新羅使人の歌は、現在も生駒山麓公園などの歌碑でたどることができます。

暗峠は奈良時代から奈良と難波を結ぶ交通路の一つだった場所で、生駒市がハイキングコースを整備しています。ただし、当時の歌人が通った道を特定できるわけではないため、万葉の旅を想像するための関連地として訪れるのが適切です。

そして第3回のもう一つの軸が、難波から遣唐使として旅立つ息子を案じた母の歌です。生駒山の恋人への思いと、海の向こうへ行く子を見送る母の祈りを並べると、『万葉集』に残された旅と別れの重さがより具体的に感じられます。

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