ドラマ「俺たちの旅」の舞台|修学院大学とバスケットボール部
ドラマ「俺たちの旅」で、カースケこと津村浩介とオメダこと中谷隆夫が通うのが、修学院大学です。2人は同大学のバスケットボール部に所属し、カースケはキャプテン。大学とバスケットボール部は、若者たちが社会へ出る直前の揺れる時期を描くための重要な舞台になっています。
さらに第1話では、学生生活最後の対抗試合を終えたカースケが合宿所にいられなくなり、オメダとともに街へ出ることが物語の始まりになります。作品全体の舞台は1970年代の東京・吉祥寺。つまり「大学」「部活」「合宿所」「吉祥寺の街」は別々の背景ではなく、カースケたちが学生から社会人へ移っていく流れをつなぐ装置として機能しているのです。
作品全体を先に確認したい方は、ドラマ「俺たちの旅」まとめ|あらすじ・キャスト・放送日・主題歌もあわせてご覧ください。
ドラマ「俺たちの旅」の舞台設定を先に整理
| 項目 | 舞台設定 |
| 大学 | 修学院大学 |
| 学部 | カースケは商学部の学生として紹介される |
| 部活動 | カースケとオメダはバスケットボール部に所属 |
| カースケの立場 | バスケットボール部キャプテン |
| 物語序盤の転機 | 学生生活最後の対抗試合を終え、カースケが合宿所を出る |
| 街の舞台 | 1970年代の東京・吉祥寺を中心とする |
国立脚本アーカイブズ推進コンソーシアムの「デジタル脚本アーカイブズ」では、本作を「1970年代の東京・吉祥寺」を舞台にした作品として紹介し、カースケを修学院大学商学部の学生、バスケットボール部のキャプテンと説明しています。バップの公式商品ページやBSテレ東の作品ページでも、カースケとオメダが修学院大学のバスケットボール部に所属することが確認できます。
ストーリー全体の流れは、ドラマ「俺たちの旅」あらすじ|三流私学の学生カースケたちの青春で整理しています。
修学院大学はカースケとオメダの「学生時代」を象徴する舞台
修学院大学は、単に登場人物が通っている学校というだけではありません。カースケとオメダが社会へ出る一歩手前にいることを分かりやすく示す場所であり、就職や将来を意識しながらも、まだ学生らしい自由さを残している2人の立場を象徴しています。
カースケは目の前のことを大切にする行動派で、オメダはより堅実な生き方を望む人物として描かれます。同じ大学、同じバスケットボール部に所属しながら、社会との向き合い方は同じではありません。この対照があるからこそ、卒業や就職を前にした若者の迷いが一つの正解に収まらず、群像劇として広がっていきます。
実在大学のキャンパス紹介ではなく「作品内の大学」として見る
修学院大学について検索すると、実在する大学や特定のキャンパスを連想する人もいるかもしれません。ただし、作品資料で確認できるのはあくまで「俺たちの旅」の登場人物が通う大学としての設定です。この記事では実在の学校と結びつけず、ドラマ内の舞台設定として整理します。
バスケットボール部が物語の出発点になっている理由
「俺たちの旅」の第1話で重要なのが、カースケとオメダが修学院大学バスケットボール部の仲間であることです。カースケはキャプテンで、学生生活最後の対抗試合を終えます。ここで部活動の一区切りがつくことが、そのまま学生生活の終わりが近いことを視聴者に意識させます。
スポーツそのものの勝敗を長く描く作品というより、バスケットボール部で共有してきた時間や仲間関係を出発点に、卒業後にどう生きるかへテーマが移っていくのが特徴です。部活が終わる瞬間は、カースケにとって「次の居場所を探さなければならない」瞬間でもあります。
カースケのキャプテン設定が示すもの
キャプテンという立場は、カースケが単なる気ままな学生ではなく、人を引っ張る力を持つ人物であることも示します。一方で、大学卒業後の安定した進路を最優先するタイプではありません。この「人望や行動力はあるが、社会の決められたレールにはすんなり乗らない」という人物像が、のちの仕事や仲間との関係にもつながっていきます。
合宿所を出ることが第1話の物語を動かす
第1話「男はみんな淋しいのです」では、学生生活最後の対抗試合を終えたカースケが、合宿所にいられなくなるところから生活の基盤が揺らぎます。そこでオメダの家に居候しようとしますが、当のオメダも家を出ようとしていました。
行き場を失った2人が街をさまよい、偶然カースケの故郷の先輩・グズ六と出会う。この流れによって、大学の部活動という学生の居場所から、友人や先輩との共同生活、アルバイト、就職、そして自分たちなりの仕事へと物語が広がっていきます。
第1話の出来事を時系列で詳しく追いたい方は、ドラマ「俺たちの旅」第1話「男はみんな淋しいのです」あらすじと感想も参考になります。
合宿所は「学生の居場所」から離れる象徴
合宿所という設定は、寝泊まりする場所以上の意味を持っています。そこを離れることで、カースケは大学生として守られていた日常から押し出され、街の中で新しい人間関係や生活を作らざるを得なくなります。第1話の時点で、作品の大きなテーマである「自分らしくどう生きるか」が生活の問題として具体化しているわけです。
物語の街は1970年代の東京・吉祥寺
作品の大きな舞台は1970年代の東京・吉祥寺です。大学の中だけで青春を描くのではなく、街へ出たカースケたちが歩き、働き、人と出会うことで、若者の生活圏そのものがドラマになります。
吉祥寺は学生や若者の日常、飲食店、商店街、公園など多様な場所を一つのエリアに持つ街です。「俺たちの旅」では、そうした街の広がりが、学校を離れたあとのカースケたちの自由さと不安定さの両方を受け止める背景になっています。
実際の撮影場所を知りたい場合は、舞台設定とロケ地を混同せず、ドラマ「俺たちの旅」ロケ地まとめ|撮影場所はどこ?で確認するのがおすすめです。
舞台設定から見える1970年代の若者像
修学院大学、バスケットボール部、合宿所、吉祥寺の街という舞台をつなげて見ると、「俺たちの旅」が描いているのはキャンパスライフそのものではなく、学生から社会人へ移る時期の不安定さだと分かります。
カースケたちは卒業や就職という現実に向き合いますが、社会の慣習に合わせることだけを正解とはしません。それぞれが悩み、仕事を変え、仲間と衝突しながら、自分たちなりの生き方を探していきます。大学という舞台は、その長い旅が始まる「出発地点」として位置づけられています。
放送当時の社会状況や若者文化まで含めて読み解きたい方は、ドラマ「俺たちの旅」と1970年代|放送当時の時代背景もあわせてどうぞ。
舞台設定とロケ地は分けて考えると分かりやすい
ドラマを調べるときは、物語上の舞台と実際の撮影場所を分けることが大切です。修学院大学や合宿所は登場人物の立場やストーリーを理解するための設定であり、吉祥寺は作品世界の中心となる街です。一方、ロケ地は映像を実際に撮影した場所を指します。
両者を区別すると、「なぜカースケが合宿所を出るのか」「なぜ大学の外の街が重要なのか」という物語上の意味と、「現在どこへ行けば当時の雰囲気をたどれるのか」という聖地巡礼的な関心を整理できます。舞台設定を知ってからロケ地を見ると、風景の意味もより理解しやすくなります。
「俺たちの旅」の舞台を理解するための関連記事
舞台設定だけでなく、作品全体のあらすじ、実際のロケ地、1970年代の背景、第1話の出来事をつなげて読むと、カースケたちがなぜあの生き方を選ぶのかが見えやすくなります。
- ドラマ「俺たちの旅」まとめ|あらすじ・キャスト・放送日・主題歌
- ドラマ「俺たちの旅」あらすじ|三流私学の学生カースケたちの青春
- ドラマ「俺たちの旅」ロケ地まとめ|撮影場所はどこ?
- ドラマ「俺たちの旅」と1970年代|放送当時の時代背景
- ドラマ「俺たちの旅」第1話「男はみんな淋しいのです」あらすじと感想
参考にした公式・アーカイブ情報
よくある質問
「俺たちの旅」の修学院大学とはどんな大学ですか?
作品内でカースケやオメダが通う大学です。資料ではカースケは修学院大学商学部の学生として紹介され、カースケとオメダはバスケットボール部に所属しています。
カースケはバスケットボール部でどんな立場ですか?
カースケはバスケットボール部のキャプテンです。第1話では学生生活最後の対抗試合を終えたあと、合宿所を離れることになります。
「俺たちの旅」の主な舞台はどこですか?
作品紹介では、1970年代の東京・吉祥寺が大きな舞台として示されています。大学だけでなく、街での生活や出会いが物語を広げていきます。
舞台設定とロケ地は同じ意味ですか?
同じではありません。舞台設定は物語の中で登場人物が暮らす大学や街などを指し、ロケ地は映像を実際に撮影した場所を指します。
まとめ|修学院大学とバスケ部はカースケたちの旅の出発地点
ドラマ「俺たちの旅」の舞台を理解するうえで、修学院大学とバスケットボール部は欠かせません。カースケとオメダは同じバスケットボール部に所属し、カースケはキャプテン。学生生活最後の対抗試合を終えて合宿所を離れることが、第1話で彼らを街へ押し出すきっかけになります。
その先に広がるのが1970年代の東京・吉祥寺です。大学という学生の居場所から、街、仕事、仲間との共同生活へ。「俺たちの旅」は舞台を移しながら、若者たちが自分らしい生き方を探す過程を描きます。修学院大学は、カースケたちの青春の中心であると同時に、その先の「旅」が始まる出発地点と考えると分かりやすいでしょう。

