萬屋錦之介はなぜ中村錦之助から改名?「萬屋」の屋号と1972年改名を解説
萬屋錦之介の昔の映画を見ていると、クレジットに「中村錦之助」と出てくることがあります。結論からいうと、中村錦之助と萬屋錦之介は同一人物で、1972年に芸名を改めています。
ただし、「なぜ改名したのか」を一言の理由だけで説明するのは注意が必要です。公式性の高い資料で明確に確認できるのは、1971年に一門の屋号を「播磨屋」から「萬屋」へ改め、翌1972年に本人が萬屋錦之介へ改名したという流れです。
中村錦之助から萬屋錦之介へ変わった時期
松竹大谷図書館の「時代劇スター 萬屋錦之介」資料では、1971年10月の歌舞伎座「三代目中村時蔵十三回忌追善興行」で屋号を「播磨屋」から「萬屋」へ改め、翌1972年11月に本人も芸名を萬屋錦之介へ改めたと記録されています。
| 時期 | 名前・屋号の動き |
| 1936年 | 初代中村錦之助として初舞台 |
| 1954年 | 中村錦之助の名で映画界へ |
| 1971年10月 | 一門の屋号を播磨屋から萬屋へ変更 |
| 1972年 | 芸名を萬屋錦之介へ変更 |
| 1997年 | 萬屋錦之介として逝去 |
「中村錦之助」と「萬屋錦之介」は別人ではない
国立国会図書館の典拠情報でも、「萬屋錦之介」の関連名称・旧称として「中村錦之助」が登録されています。古い映画では中村錦之助、新しい時代の作品では萬屋錦之介と表記されるため、初めて出演歴を調べる人は別人だと感じるかもしれません。
しかし、歌舞伎から映画へ進出して『笛吹童子』などで人気を得た中村錦之助と、『子連れ狼』などで知られる萬屋錦之介は同じ俳優です。
屋号「萬屋」は1971年に一門で採用
歌舞伎では、俳優名とは別に一門を示す屋号があります。萬屋錦之介の場合、もともと「播磨屋」だった屋号が1971年に「萬屋」へ変更されました。
この翌年に本人の芸名も「萬屋」を冠した形へ変わったため、改名は単独の芸名変更というより、一門の屋号変更と続けて見ると理解しやすくなります。
「錦之助」から「錦之介」に字も変わっている
改名では姓の部分だけでなく、名も「錦之助」から「錦之介」へ変わっています。公式資料で改名の時期は確認できますが、字を変更した理由については資料ごとに説明の粒度が異なります。
そのため、この記事では姓名判断などの説を確定理由として扱いません。確実に言えるのは、1972年の改名以降、芸名として「萬屋錦之介」が使われたという点です。
作品名から見ると改名の前後が分かりやすい
1950年代から1960年代の代表的な映画は「中村錦之助」名義で探すと見つけやすく、1970年代以降のテレビ時代劇などは「萬屋錦之介」名義が中心です。
- 映画『ひよどり草紙』『笛吹童子』など:中村錦之助名義
- 映画『宮本武蔵』シリーズ初期:中村錦之助名義
- テレビ『子連れ狼』など:萬屋錦之介名義
- テレビ『長崎犯科帳』など:萬屋錦之介名義
当サイトには萬屋錦之介主演『長崎犯科帳』の関連記事もあります。改名後のテレビ時代劇での活躍を知りたい場合は、『長崎犯科帳「花嫁替玉大作戦」』の記事もあわせて確認できます。
改名を知ると作品検索で迷いにくい
萬屋錦之介の出演作を調べるときは、公開年・放送年と芸名をセットで見るのが便利です。1950~60年代の映画を「萬屋錦之介」だけで探すと、資料上は旧芸名で登録されていて見つけにくい場合があります。
反対に1970年代以降を調べるときは「中村錦之助」だけでなく「萬屋錦之介」でも探すことで、テレビや舞台を含めた経歴を追いやすくなります。
よくある質問
萬屋錦之介と中村錦之助は別人ですか?
別人ではありません。同一人物で、1972年に中村錦之助から萬屋錦之介へ改名しました。
屋号はいつ萬屋になったのですか?
松竹大谷図書館の資料では、1971年10月に屋号を播磨屋から萬屋へ改めたとされています。
なぜ改名したのですか?
公式性の高い資料では、一門の屋号変更に続いて翌年に本人が改名した流れは確認できます。一方、個別の動機を単一の理由として断定できる一次資料は、今回確認した範囲では示されていません。
まとめ
萬屋錦之介は、もともと初代中村錦之助として活動していました。1971年に一門の屋号が播磨屋から萬屋へ変わり、翌1972年に本人も萬屋錦之介へ改名しています。
旧芸名と新芸名を知っておくと、映画・テレビ・舞台の出演歴を年代順に追いやすくなります。特に1950~60年代の映画を調べるときは「中村錦之助」の名前も重要です。

