こころの時代「歩く すると どこかへ 行く。」究極Q太郎はどこを歩く?散歩と介助の背景・ゆかりの場所|10/26 22:50
10月26日(月)22時50分からNHK Eテレで「こころの時代 歩く すると どこかへ 行く。 究極Q太郎」が放送されます。出演するのは、詩人で介助者でもある究極Q太郎さんです。
番組説明では、重い障害がある人たちの介助をしながら詩を詠み、「散歩依存症」を自称して歩き続けてきた人物として紹介されています。放送を見て「どこを歩いているの?」「どんな場所にゆかりがあるの?」と気になった方に向けて、本人の著書や寄稿で確認できる歩行圏と、その背景を整理しました。
10月26日の放送日時と出演者
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 放送日時 | 2026年10月26日(月)22:50〜 |
| 放送局 | NHK Eテレ |
| 番組 | こころの時代〜宗教・人生〜 |
| タイトル | 歩く すると どこかへ 行く。 究極Q太郎 |
| 出演 | 究極Q太郎 |
番組情報サイトでは、2026年10月26日22時50分からNHK Eテレで放送される回として案内されています。今回の中心人物は究極Q太郎さんで、散歩、詩、介助という一見別々に見える営みが、どのように一人の人生の中でつながっているのかが大きな見どころです。
究極Q太郎はどこを歩く?公表されている場所
放送前の時点で、NHKの番組ページ本文をこちらの検索環境から取得できず、番組内の具体的な撮影ルートや立ち寄り先は確認できていません。そのため、ロケ地を推測で断定するのではなく、究極Q太郎さん本人が寄稿で明かしている場所を紹介します。
2026年4月の大岡信賞記念寄稿では、重度障害者の訪問介護の仕事で向かう場所として、東武東上線の上板橋、西武池袋線沿線の大泉学園、ひばりヶ丘、東久留米を挙げています。仕事先が日によって異なり、勤務後にその周辺から歩き出すことがあったと書いています。
これは「番組で必ずこの4地点を歩く」という意味ではありません。一方で、究極Q太郎さんの散歩が観光地巡りではなく、介助の仕事と日常生活の延長線上で始まり、東京の住宅地や駅周辺を長時間歩く行為だったことを知る手がかりになります。
上板橋
上板橋は東武東上線の駅で、本人が訪問介護の仕事先の一つとして挙げている地域です。勤務後に歩く生活を続けていた時期、仕事を終える場所そのものが散歩の出発点になることがありました。
目的地を先に決めて名所を巡るというより、仕事が終わった場所から歩き出し、道のつながりや行き止まりに出会いながら進むことが、究極Q太郎さんの散歩の特徴です。
大泉学園
西武池袋線の大泉学園も、介助の仕事で通っていた場所として本人が挙げています。住宅地が広がるエリアで、観光目的の散策コースとは違う「生活の道」を歩くという感覚が、究極Q太郎さんの散歩に近いポイントです。
散歩の面白さについて本人は、あらかじめ細かいルートを決めず、行き止まりと思った場所で抜け道を見つけるような偶然性に魅力を感じてきたと語っています。
ひばりヶ丘・東久留米
ひばりヶ丘と東久留米も西武池袋線沿線で、訪問介護の仕事先として公表されている場所です。日によって働く場所が違うため、毎回同じ散歩コースを歩くのではなく、その日の仕事先から別の道へ入り込むことができました。
本人の文章からは、駅から駅へ最短で移動するのではなく、あえて狭い道や知らない道へ入り、迷うこと自体を含めて歩いていた様子が伝わります。
究極Q太郎が散歩を始めた理由
究極Q太郎さんの詩集『散歩依存症』を刊行する現代書館によると、散歩を始めた背景には飲酒との関係がありました。飲酒欲求を紛らわせるために歩き始め、それが次第に長時間の散歩へ変わっていったと紹介されています。
朝日新聞系のインタビューでは、2014年4月ごろから一人飲みをやめ、その代わりとして歩き始めたこと、仕事のある日は仕事後に4時間、休みの日には10時間ほど歩くこともあったと語っています。
ここで大切なのは、散歩が健康のための運動として始まったわけではないことです。本人にとって歩くことは、行き詰まりや飲酒欲求から距離を取り、自分の感覚を取り戻すための行為でもありました。
「散歩依存症」と詩はどうつながった?
現代書館の紹介では、『散歩依存症』は究極Q太郎さんが歩くことへ向かった経験を土台にした詩集です。39篇を収め、写真やドローイング、年譜も掲載されています。
散歩中は、前もって決めた目的地へ効率的に向かうのではなく、路地や狭い道、行き止まりになりそうな道へ進むことが多かったとされています。本人はこの歩き方を即興に近いものとして捉えています。
歩くことで「何かを達成する」よりも、どこへ行くか分からない状態に身を置くこと自体が詩につながっていきます。番組タイトルの「歩く すると どこかへ 行く。」も、結果より過程に重心を置く究極Q太郎さんの感覚をよく表しています。
介助者としての究極Q太郎
究極Q太郎さんは1967年生まれ、埼玉県出身。19歳のときに別名義で現代詩手帖賞を受賞し、その後は大学を中退して身体障害者の介助に携わるようになりました。
現代書館の著者紹介では、脳性まひなどの身体障害者介助に就き、障害者運動に関わる機関誌の編集にも参加してきた経歴が紹介されています。詩人としての活動だけでなく、長年の介助の仕事が人生の大きな柱になっています。
2026年の本人寄稿では、勤務先は施設ではなく、地域で一人暮らしをする重度障害者それぞれの自宅だと説明しています。そのため、上板橋、大泉学園、ひばりヶ丘、東久留米など日によって行く場所が変わり、その移動と仕事の終わりが散歩の入口にもなっていました。
究極Q太郎の「歩く」は観光散歩と何が違う?
一般的な街歩き番組では、名店、観光名所、名物料理など目的地が先にあります。しかし、究極Q太郎さんの散歩はその逆です。先に「歩く」があり、その結果として知らない道や風景、考えに出会います。
本人が語る散歩では、道順を細かく決めず、行き止まりと思った場所をあえて進んだり、知らない住宅地へ入ったりすることに意味があります。目的地に着くことではなく、歩き続けている途中そのものが重要です。
そのため、今回の「こころの時代」を見るときも、「どの名所が映るか」だけでなく、究極Q太郎さんがなぜ歩くのか、歩いているときに何を見ているのかに注目すると、番組のテーマをつかみやすくなります。
番組に登場する店や立ち寄りスポットは?
放送前に確認できる公開情報では、番組内で立ち寄る具体的な飲食店、書店、喫茶店などの店名は発表されていません。したがって、現時点で「この店がロケ地」と断定できる店舗はありません。
本人の公開情報から場所として確認できるのは、上板橋、大泉学園、ひばりヶ丘、東久留米など、介助の仕事と散歩が重なってきた地域です。これらも今回の番組撮影地と確定した情報ではなく、究極Q太郎さんの生活史に実際に登場する場所として押さえておくのが適切です。
店名や住所が公式に示されていない以上、推測で店舗を挙げるよりも、本人が語ってきた実在の地域と、その場所を歩く理由を理解するほうが番組内容に近づけます。
『散歩依存症』はどんな本?
『究極Q太郎詩集 散歩依存症』は現代書館から2024年12月に刊行された詩集です。国立国会図書館サーチでも書誌情報が確認でき、著者は究極Q太郎、出版者は現代書館、263ページの書籍として登録されています。
現代書館によると、「にしこく挽歌」「散歩依存症」「ガザの上にも月はのぼる」など39篇を収録しています。散歩を始めた背景、介助者としての生活、社会との距離感が重なり合う本で、番組を見て究極Q太郎さんの言葉をさらに知りたくなった人には直接つながる資料です。
また、この詩集は第7回大岡信賞の受賞作としても注目されました。番組では詩の朗読や歩く場面だけでなく、なぜこの表現にたどり着いたのかという人生の経緯も重要な要素になりそうです。
参考にした情報
- WEBザテレビジョン「こころの時代〜宗教・人生〜 歩く すると どこかへ 行く。 究極Q太郎」
- 現代書館「究極Q太郎詩集 散歩依存症」
- 好書好日「詩人・究極Q太郎さん、第7回大岡信賞記念寄稿」
- 国立国会図書館サーチ「散歩依存症 : 究極Q太郎詩集」
よくある質問
「こころの時代」究極Q太郎の回はいつ放送ですか?
2026年10月26日(月)22時50分からNHK Eテレで放送予定です。
究極Q太郎さんはどこを歩いてきたのですか?
本人の寄稿では、介助の仕事先として上板橋、大泉学園、ひばりヶ丘、東久留米を挙げています。勤務後にその周辺から長時間歩くこともありました。
番組の具体的なロケ地や店名は分かっていますか?
放送前に確認できる情報では、番組で撮影された具体的な店名や詳細ルートは確認できていません。未確認の場所をロケ地として断定することはできません。
『散歩依存症』はいつ出版された本ですか?
現代書館から2024年12月に刊行された究極Q太郎さんの詩集です。散歩や介助、社会との関係を背景にした39篇が収録されています。
まとめ
「こころの時代 歩く すると どこかへ 行く。」の究極Q太郎さんは、詩人であると同時に長年にわたって重度障害者の訪問介助を続けてきた人です。本人の公開情報では、仕事先として上板橋、大泉学園、ひばりヶ丘、東久留米などが挙げられ、その日の仕事の終わりから散歩が始まることもありました。
今回の番組で実際に映る具体的な店や撮影ルートは放送前情報からは確認できませんが、究極Q太郎さんにとって歩くことは単なる観光や運動ではありません。飲酒との関係、介助の仕事、詩作が重なり合う中で続いてきた行為だと知っておくと、「どこを歩くか」だけでなく「なぜ歩くのか」まで見えてくる回になりそうです。

